2007年6月30日(土)
** 竜田川堤散策&烏土塚古墳、等 **
10:17 天王寺 (\380-) 〔JR関西本線〕
10:35 王子
11:15 竜田川・堂山橋
11:20 龍田城跡
11:30 竜田川・竜田大橋
11:34 竜田川・河薮橋
11:38 竜田川・念仏橋
12:00 竜田川駅
12:08-30 烏土塚古墳
13:05 消渇(ショウカチ)・石床(イワトコ)神社
13:42 平群中央公園
13:50 西宮古墳1号墳
14:02 竜田川堤
14:04 竜田川・下垣内(シモガイト)橋
14:17 平群駅着
14:18 平群 (\480-) 〔近鉄生駒線〕
14:39 生駒 〔近鉄大阪線〕
15:15 難波
三室山を望む
…紅葉期の竜田川を想像してください…
千早ふる神代も聞かず 竜田川からくれなゐに 水くゝるとは
【在原業平】
嵐吹く三室の山の もみぢ葉は 竜田の川の錦なりけり
【能因法師】
念仏橋より上流方向
この竜田川沿いの道は業平道の一部でもある
【業平道】:::この道は平安の歌人で、「伊勢物語」の主人公
として有名な、在原業平(アリワラノナリヒラ[825-880年])が天理の
櫟本(イチノモト)から大和郡山市−安堵(アンド)町−斑鳩町−
平群町−を通り、河内の高安(大阪府八尾市)まで河内姫
のもとへと通ったとされている道です。 =説明文より=
烏土塚古墳全景
烏土塚古墳
(手前が前方部、向うが後円墳部)
平群谷最大の前方後円墳。墳丘は全長約60.5m、後円部径約32m、
高さ約6m、前方部との比高は約2m。主体部は南に開口する
横穴式石室で、後円部の中心に玄室奥壁を配している。
盗掘を受けていたが、出土遺物は、鏡(四獣鏡)、金銅装太刀、
金銅装馬具、玉類、土器類(須恵器、土師器)等豊富である。
築造時期は古墳時代後期の六世紀後半と考えられいる。
=説明文より抜粋=
南に開口する横穴式石室
玄室内の石棺
烏土塚古墳より信貴山を望む
烏土塚古墳・後円墳部より平群中央公園を望む
西宮古墳1号墳が真っ直ぐ向う(北方向)に見える
西宮古墳1号墳
南に開口している横穴式石室
築造は七世紀の中頃から後半と考えられている
平群石床神社
物部氏の祖神、饒速日命(ニギハヤヒノミコト)を祀る神社でもある
平群中央公園から烏土塚古墳を望む