2007年2月1日(木)

** 阿武山古墳 **


10:32 大阪天満宮 (\450-) 〔東西線→環状線→JR京都線〕
11:13 高槻

11:50 今城塚古墳
12:23 継体天皇陵
12:45 番山古墳
12:55-13:20 新池ハニワ工場公園 (昼食)
14:05 京大地震観測所
14:08-18 阿武山古墳
15:11 塚原口 (\210-) 〔高槻市営バス〕
15:24 JR富田駅着

15:35 摂津富田 (\250-) 〔JR京都線〕
15:56 大阪




今城塚古墳
淀川流域では最大級の前方後円墳
531年に没した第26代継体天皇の真の陵墓と考えられている。
日本最大の家形埴輪や精緻な武人埴輪が発見されている。

今城塚古墳史跡公園を作るとのこと。
工事中で中には入れない。
(全体竣工は平成23年春を予定)

太田茶臼山古墳(継体天皇陵?)
2002年の発掘調査で5世紀中頃に造られた埴輪が確認され、
この古墳を継体天皇陵とするには大きな疑問があるとされている。

名神高速道路の下を潜りぬけ、
少し行くと番山古墳が見える
5世紀末頃の築造と考えられているが、内部構造は不明とか

上と同地点から京大地震観測所のある阿武山を眺望する

新池ハニワ工場公園

新池ハニワ工場公園から京大地震観測所方向を望む

京大地震観測所

阿武山古墳:墓室
被葬者は身長約164.6cmと推定され、当時としては長身の人
669年に没した大織冠藤原鎌足の墓と考えて間違いないだろう
しかし、黒岩重吾氏は「阿武山古墳は地元の高槻市埋蔵文化調査
センターの正式な報告書があり、調べた森田克行氏によるとほぼ620年
前後から630年代前半の古墳であることが、出土した須恵器から判明している。
藤原鎌足が死んだのは669年のことですから、古墳の築造年代が合わない。
考古学の原則をまったく無視したものですよ。またX線鑑定はいいのですが、
大織冠がどんな形かも分からないのに、大織冠だと断定するのはおかしい。」
と否定している。  ==『古代史への旅』 講談社文庫 P.368==

阿武山から生駒山を眺望する
名神高速道路&太田茶臼山古墳が見える