2007年1月19日(金)

** 当麻寺〜岩屋 **


10:44 阿部野橋 準急 (\540-) 〔近鉄南大阪線〕
11:32 当麻寺

11:52-12:07 当麻寺
12:20 山口神社
12:45 天台宗・祐泉寺
13:08 二上山・馬の背
13:13-35 二上山・雌岳山頂で昼食
13:48 岩屋
14:00 石切場跡(高松塚等の)
14:18 鹿谷寺(ろくたんじ)
15:41 上ノ太子駅着

15:54 上ノ太子 (\430-) 〔近鉄南大阪線〕
16:26 阿部野橋




当麻寺境内
中央奥に見えるのが仁王門

仁王門を入った地点から
二上山を眺望する

中将姫像
【中将姫伝説】
奈良時代の右大臣藤原豊成(藤原鎌足の曾孫)の娘で、幼くして母を失い、様々な
迫害をのりこえ、十六歳の時に当麻寺に入り尼僧となる。姫の深い信仰心から、
称讃浄土経一千巻の写経を成し遂げ、また蓮の糸で當麻曼陀羅を織りあげる。
二十九歳の春に二十五菩薩の来迎をうけ極楽浄土に往生する。
當麻曼陀羅は現在当麻寺の御本尊として祀られている。

細流の横を二上山の馬の背に向けて登っていく。

雌岳山頂より飛鳥の方向を望む
耳成山 香久山 畝傍山

岩屋
西向きに開口する大小2基の石窟で構成されている
8世紀奈良時代の築造と推定されている

石窟上部の壁面には数ヶ所の円形の水平坑が穿たれており、
木造の覆屋構造があった可能性が強いと想像されている

中将姫がこの岩屋で當麻曼陀羅を織ったとする伝説が残されている

石切場跡
明日香村の高松塚古墳やマルコ山古墳の石槨材として利用された

鹿谷寺(ろくたんじ)
凝灰岩石切場の跡を、岩屋跡と同様、寺院に利用されたものといわれている