2006年2月17日(金)

** 清荒神〜やすらぎ広場 **


10:40JR大阪天満宮(\480-) 11:16JR宝塚 11:40〜12:00阪急清荒神駅前食堂:昼食
12:22〜13:00清荒神清澄寺 13:35やすらぎ広場(ここから戻る)
14:13清荒神駐車場 14:31阪急清荒神駅14:41(\270-) 15:15梅田

阪急清荒神駅前近く:参道

祓禊橋(みそぎばし)

山門
清三宝荒神(真言三宝宗大本山) 清澄寺

清荒神清澄寺略沿革
 清荒神清澄寺は、今をさかのぼること千百年、平安時代の初め、宇多天皇の 創意による理想の鎮護国家、すなわち諸国との善隣友好を深め戦争のない平和社会、 万民豊楽の世界を開く勅願寺の一つとして創建されました。
 天皇は讃岐国の 名工、定円法眼に命じて曼荼羅の香木で本尊大日如来像を刻ませ、寛平八年(896)に、 叡山の高僧静観僧正を迎え、開山の祖としました。
 まず、伊勢内宮・外宮など十五 神を勧請し、鎮守神として、三宝荒神社を祀り、蓬莱山七嶺七渓に荘厳な伽藍を造営し ました。そして宇多天皇より「日本第一清荒神」の称号を与えられ、蓬莱山清澄寺として 栄えました。およそ三百年の後、源平の兵火により灰燼に帰しましたが、勅令により建久 四年(1193)、源頼朝の手によって再興されました。それよりまたおよそ四百年の後の戦 国時代、再び兵火で荒神社を除く諸堂尽く焼亡しました。
 江戸時代末期、一代の 名僧浄界和上(号露庵)の諸堂再興に続き、先々代法王光浄和上は昭和二十二年に 真言三宝宗を開き、荒神信仰の総本山清荒神清澄寺として新しく法幢をかかげ、創建以 来、連綿と続く栄光千年の法燈は一日も絶えることなく、今日を迎えています。
 また 、世界の画聖富岡鉄斎翁との機縁により、鉄斎作品の蒐集を行い、国の内外で広く展覧 会を開催し、昭和五十年には、鉄斎美術館「聖光殿」を建設、一般に公開し、その入館料 は全額宝塚市へ図書購入費として寄贈しています。


本堂

本堂から境内の光景

やすらぎ広場

宝塚市街&甲山(カブトヤマ)&六甲山系を望む

武庫川を望む