2005年1月18日(火) 

** 飛鳥散策・石造物 **


11:54天王寺・近鉄準急(\690-) 12:50橿原神宮前12:59 13:04飛鳥
13:53橘寺 14:20酒船石 15:05-15甘樫丘 15:30和田池 15:45剣池
16:00橿原神宮前16:01近鉄急行(\610-)

13:13 吉備姫王桧隈墓

猿石

猿石

左:欽明天皇陵

鬼の雪隠

鬼の俎

13:43 亀石

13:53 橘寺

酒船石

亀形石造物


明日香村ホームページ:「酒船遺跡調査報告」より
石造物
調査区の南側では飛鳥産の花崗岩を加工した石造物が見つかりました。 花崗岩の石塊を成形して亀の形を彫ったもので、全長約2.4m、幅2mで顔を南、尻尾を北に向けています。 左右には手足が表現されており、円形の甲羅部分は幅19pの縁を残して直径1.25m、深さ20pの水槽状に加工しています。 水は鼻の穴から水槽部分に入り、V字型に彫りこまれた尻尾から南北溝に流す仕組みになっています。 もうひとつは、小判型をしたもので長さ1.65m、幅1mで北側の側面には突起を、南側の上面は高さ15p、幅90pの 半円形に一段高く削り出しています。石の縁を20p残して長さ93p、幅60p、深さ20pの水槽状に加工しています。 水槽底より8p高い位置に径4pの穴が開けられ、突起を通って水は石造物1の鼻に入ります。
まとめ
今回の調査では酒船石遺跡の丘陵の北裾で、谷部分という閉鎖された空間の中に遺構が存在することが明かとなりました。 これらの遺構は石造物を中心として石敷や階段状石垣などによって立体的な空間を作り出しています。 遺構には多くの砂岩切石が使われており、酒船石遺跡の造営とともに造られたものと考えられます。 酒船石遺跡は、『日本書紀』にみえる「宮の東の山の石垣」、「両槻宮」との関係が指摘されてきましたが、今回の遺構はそれら をさらに補強するものです。 このような大土木事業が可能であったのは天皇、ないしはそれに準ずる人であったと思われます。