2004年12月25日(土) 

** 二条城 **


12:37 七条(\390-) 12:55〜13:15 力餅食堂(\720-) 13:25 太鼓楼 14:05 二条城(\600-) 15:15  15:45 三条着

新選組は、「池田屋騒動」(元冶元<一八六四>年)以降隊士が増え、壬生の屯所では狭くなったこともあり、慶応元(一八六五)年 三月十日、屯所を壬生から西本願寺に移し、境内に「新選組本陣」の看板を掲げ、北東にあった北集会所と太鼓楼を使用しておりました。
本願寺は、長州との深い縁もあり、幕末の尊王攘夷運動の中で幕府と対立していた長州藩士たちが、何かにつけて本願寺を頼りに していたため、新選組は本願寺のなかに本拠を移すことによって、一石二鳥の効果をねらったものでありました。
新選組は、境内 で大砲の空砲を轟かせたり、実弾射撃をおこなったり、乱暴を繰り返したため参拝の門信徒や僧侶らを震撼させる毎日であったそうで あります。新選組の活動期間は六年くらいであり、大部分が暗殺されていった中、結成時からの元隊士、島田魁が明治維新後、本願寺 の守衛を勤め、終生お念仏を喜びながら太鼓番をしたという話が伝わっております。明治六(一八七三)年、北集会所は姫路市の(亀 山)本徳寺に一部移設されたため、現在の西本願寺に新選組の足跡を見るのは太鼓楼だけであります。


13:25 太鼓楼

14:05 二条城





14:10 二の丸御殿













14:45 本丸御殿





天守閣跡より本丸御殿を望む











15:45

清流園

同上