♪♪ 花の都!… 露の都!… ♪♪ |
※ 金 明 竹 (2017年) ※ |
月日の経つのは速いもので、堺自由の泉大学で、プロ女性落語家の草分け、露の都さんに落語を習い始めて三年目になる。 昨年(2018年)の12月に「パリテ亭」で初舞台を踏み、憶えたい落語の演目も色々と心に浮かんでくる今日この頃である。 落語を習ってみようかと思い立ったのは、三年前(2016年)の秋頃であったろうか…。浪曲師の松浦四朗若さんの浪曲『夢の財布』を練習していて、この浪曲は四朗若さんが 「芝浜の皮財布」という浪曲を、場所を大阪の堺の鉄砲町に設定し、作り変えたものであるのだが、落語にも「夢の財布」という演目があり、浪曲『夢の財布』を落語で語れるのでは ないか、という想いがわたしの脳裡を去来した。その後この思いが徐々に膨らんで行き、一昨年(2017年)、堺自由の泉大学で「露の都に学ぶ落語」の授業を受けるに至ったのである。 この年の「露の都に学ぶ落語」の授業では、『金明竹』を教えて頂いた。これまで落語を熱心に聴いたことは無く、当然の事、初めて聴く演題であった。 落語の師匠に弟子入りすると、師匠が2〜3分話してくれるのを横で聴き、その内容を即刻その場で語る。凄い集中力を持って聴いていなければ、とても記憶できない。である故、 ここで憶えたことは一生忘れない、と言う。これを≪口移し≫と言うのだそうである。 授業では、そんなことは出来ないので、都先生が4〜5分語ってくれたのを録音し、次の授業までに憶えてくる。それを各自、先生の前で語り、色々と指導してくれる。初日は、 2分位の量を録音したが、2回目は、各自憶えてきたのを先生が聴いた後、初日の2分を含め、5分位の長さを語ってくれ、録音した。以後は残りの部分を4回に分け、その都度先生か語り、 生徒が録音する。家で憶えてきて、先生に聞いて貰う……、このような感じで授業は進められて行った。 その録音したものを、先生の許可なく紹介するのは失礼にあたるので、差し控えることにするが、わたしの声で聴いて貰うことにします。 第1回目 (2019,07,25 録音) 第2回目 (2019,07,25 録音) 第3回目 (2019,07,25 録音) 第4回目 (2019,07,25 録音) 第5回目 (2019,07,25 録音) 授業の中で特に印象深く記憶に残っている事と言えば、わたしが少し怒気を込めて語った所を指摘され、もっと抑えて言うようにと教え諭された。酔っていては酔った役は出来ない と言われるが、正にその事なんだとわたしは納得していた。ところがその後、生徒の一人が語っているのを聴いていた時、話者の感情が直に心に響いて来て、一瞬いや〜な感じを覚えた事があった。 すかさず先生は、わたしに言ったのと同じ事を述べ、聴いている人が引いてしまうから良くないのだ…と。あらためて、身に沁みて、その忠言を受け取ったのである。 都先生が毎年一月に、自由の泉大学の教養講座の一つとして「笑門来福云々…」という題で口演をされているが、その前座として教え子達が落語を話すことになっている。 初級クラスの私達も前座の一つとして「金明竹」を発表するという事で、9人でその話を、わたしは一番最後の所を話すことになり、十月頃から練習が始まった。 コーラスで語る個所もあり、みんなで声を合せるのに苦労した事が印象強く記憶に残っている。 最初はみんなバラバラで、コレジャ到底ムリ!…、と嫌気がさしてきた。二回目には、「松本さん、もっと声を出して!」との駄目だし。みんなの声が揃ってきても、なにしろ9人の内、 男性はわたし一人、声の強さを少しでも変えると目立つらしく、直ぐに駄目出しの声が聞こえてくる。落語で…なんでコーラスなんや…〜^^^〜…なんて思いはどっかへ吹っ飛んでしまい、 緊張の連続であったように思う。 わたしの担当する最後の所は、都先生が用事で来られず、お弟子さんの露の紫さんが来て語ってくれたのを録音したのだが、台本には無い言い回しがあって、それが面白く思ったので、 早速、わたしはそれを取り入れたのだが、都先生に聴いて貰う時つっかえてしまい、厳しくそれを否定されてしまった。それまでにも何回かそのような事があったようで、わたしは素直でない生徒と思われていたようだ。 都一門会をこれまでに何回か聴きに行ったが、お弟子さん達から洩れてくる言葉尻から想像して、先生の指導は非常に厳しかったらしく、落語の基本を徹底して叩きこんだのであろう…、現在進行中の 月一回行われる「都十八番への道」の落語会で見せるお弟子さん達の落語は、その成果を、現在、見せつつあるように思えてくる。因みに、紫さんの「狼講釈」を初めて聴き、露の新治さんを YouTube で知り、台本起こしを させて貰った。また、今年(2019年)4月の「第八回都十八番への道」で露の瑞さんの「動物園」を聴き刺激を受け、桂枝雀さんの「動物園」をやってみようと決心させてくれた。 わたしは浪曲を練習していて、女性の登場人物は出来るだけ女性の声に似せるようにと意識していたせいか、その声は、都先生にはクサク聞こえたようで、強く否定された。「あんたの声には張りがない。 歌舞伎役者の女形(オヤマ)の声はよく訓練されていて声に張りがある。あんたの声はそこまで行っていない。クサイ! 止めなさい!」と何回も言われた。多少とも女の声になっているかな、 という思いが内心あったのであろう…、である故に余計に恥かしく思った。落語では(浪曲でもそうだろうけれど…)言葉使いで女性と判るし、演技でも女性だとちょっと判らせる程度でよく、 それ程気を使う必要はないのだ、と今ではそう思っている。 因みにわたしの芸名は、《大泉亭ばが凡》。従来は都先生の都をとって、生徒は、都亭、としていたらしいのだが、今年は都先生が生徒それぞれに話を聴き、その話の中から芸名を決めるというやり方になった。 わたしの場合、大泉緑地の近くに住んでいるということで、すぐに大泉亭と決まった。勿論わたしも承知してのことである。大泉公園でこれまでずっと浪曲の練習をして来たし、また落語を習い始めてから、ネタ繰りもしていたので、 願ったり叶ったりであった。ばが凡は、浪曲の芸名《二風天芭俄梵》からとったものである。 |
※ 落語クラブ1年目(2018年) ※ |
堺自由の泉大学では、2年目はフラワークラスに進むのが普通なのだが、落語のクラスにはそれがなく、2年目は堺女性団体協議会に所属する「落語クラブ」に進み、都先生の 指導を受けることが出来る。場所は同じ大学内なのだが、教室をお借りするという形をとっているようだ。 演目は各自に任されており、やりたい演目を自由にやってよいということである。長い演目は2回か3回に分けて聴いて貰い、指導を受け、最後に<通し>ということで、 20分以内に纏めて聴いて貰い、上演のレベルに達したと都先生が認めると、パリテ亭(大学内にある上演小屋)に出演出来るということになる。 初めは短い演目にした方が良いですよとの先輩からの忠告もあり、10分以内で出来る「酒の粕」をやってみることにした。先生に聴いて貰ったところ、「酔うた人物は何を言っているのか、 うなっているようにしか聞こえない!」と手厳しい批評であった。後々の参考のために記録しておいた方が良いと思い、早速帰宅後、録音する。下のがその時録音したものである。今聴いてみても、 科白も完全に覚えきれておらず、落語の語り口には程遠いものなのだろう、と思う。 初級クラスの時に練習した小話でも、考え過ぎで、テンポも遅く間も悪く…、落語の語り口になっていなかったらしい。酒に酔った人の出て来る、参考になる落語の演目はと訊き、教えて貰ったが、 それを今から聴いて「酒の粕」の参考にして、練習し直すことも一つの方途ではあるが、しかしわたしには今是非聴いて貰いたい演目があった。 浪曲の授業では「播州皿屋敷〜お菊と播磨〜」を習った。それで落語では、是非とも「皿屋敷」を最初に憶えたいという気持ちから、桂米朝さんの「皿屋敷」を You Tube で聴き、台本起こしをして 練習して来ていた。その時には殆んど憶えてしまっている。次回はこれを聴いて貰おう、と心は直ぐに決まった。 米朝さんの「皿屋敷」は25分。その時点では、殆んど憶えていたとはいえ、完全ではなく、言葉の詰まり等もあり、27〜8分かかっていた。それで、3回に分けて聴いて貰うことにした。 その1回目はかなり緊張もしたが、普段の練習通りにやれた。そして都先生から高評価の言葉を貰うことが出来た。その時思ったことだが、自分はまだ落語の語り口を会得できてはいない、それで色んな落語家さんの 落語を聴き、それを真似していかなければならないのだ。そうしている内に、自分なりの落語の語りが出来るようになるだろう。 第50回パリテ亭落語会は、堺自由の泉大学の教養講座の一つとして、8月5日(日)、大ホール(300名位収容可能)で行われることになり、都先生も出演してくれることになった。落語は5名が出演。その他の者も大喜利で登場することとなった。 私達火曜クラスは「やりくり川柳」で6名が出演。各自「下5」を提示しておく、お客さんからその場で「上5」を言って貰い、「中7」を考え、川柳にする。各自それぞれ自分の下5を考え(わたしは『禿げ頭』)、練習になった。 わたしの「禿げ頭」は、都先生が言いだし、わたしは黙認…。で、練習となり、「秋祭り」ときたら、月夜にひかる禿げ頭、云々…。しかしなかなか難しい。先生が「変えてもいいよ」と言ったが、しかし引き下がる訳にはいかない。 いや、これで行きます!と意地を通した。「暑い夏、日傘いらんか禿げ頭」、「西瓜割り、割られたくない禿げ頭」等と考えたがきりがない。そこで、出来ない時の事を考えて、「難問に、冷汗ひかる禿げ頭」を用意しておくことにした。 さて当日、私達の番が廻って来た。司会進行役の都先生がお客さんから聞いたお題は、「パリテ亭」であった。これは意外と出てきて、「パリテ亭、居てもええやろ禿げ頭」。ホッとするも束の間、先生がもう一つお客さんに上5を求めると、 「夏野菜」という声。すぐに思い浮かばず考えていると、「夏野菜、西瓜のような禿げ頭」という声が聞こえて来た。 わたしは、透かさず、おいちょと待て待て、儂の禿げ頭取ったらどんならんがな、あんた禿げ頭か?ちゃうやろ!ルール違反やでこれは、どんならんで本間に…、儂も考えてきたでぇ、夏野菜てかえ、 ウーム、夏野菜浜辺で遊ぶ西瓜割り割られたくない禿げ頭、これじゃ川柳にならんなぁ…うーむーむ搦め手から攻め込まれているような感じで、うーむーむ…、先生から指名され、うーむーむ、(奥の手を此処で使うしかしゃあないなぁ…) これは難問ですなあ、難問ですよこれ!……アッ出来ました! 難問に、冷汗ひかる禿げ頭 !! 都先生の「それはルール違反やないか」という下げの声が入って、「やりくり川柳」はお開きと相成ったのでありました。 (注:青字の部分は、その時実際にわたしが喋ったのではなく、その晩眠られずに、わたしの頭を去来した言葉を、今回適当に繋ぎ合せたものです) さて、わたしの「皿屋敷」の方は、2回目、3回目、そして<通し>を終え、上演認証印を貰い、12月8日、パリテ亭初出演ということになったのですが…… 当日出演した4人の演技を撮影した動画から、わたしのを録音したものを下に公開します。録音がうまく行ったかどうか?、それに私の息遣い等、色々とお聞き苦しいかと想いますがご容赦下さい。 途中で真っ白になって、苦悶する演者の様子をお見せすることが出来ませんが、…空白の約1分間…、想像力を働かせて、笑い飛ばして頂ければ嬉しく思います。その原因は、未だに杳としていて、不明です。 皿屋敷 (初舞台動画(2018,12,08)より(2021,11,22録画) 当日、初めて舞台に上るまでには色々なことがあった。 正午頃までにパリテ亭の設営が終わり、出演者4人の短いリハーサルが行われる。わたしは初級クラスの時、都先生から頂いた着物と羽織を着ていた。本題に入る時に羽織を脱ぐ、その様子を観て下さいとお願いしたところ、 小屋主さんらしき人から、「みっともない恰好は見せないでくれ」と、釘を刺された。何をそないに上から目線で…、少々面食らったが、可笑しかったら止めますので、まあ見て下さいと言って、強行した。絹ならば滑りが良いから スムーズにいくのだが…というのが大方の意見であった。うまく行かなくとも、これは素人のご愛嬌、云々位の軽いノリであったのだが、これは予想外の反応であった。後で思ったことだが…、なんと大らかさのない事か!…しかし、 入場料を頂いて観て貰うのだから、みっともない恰好は見せてはいけないのだろう、そう考えれば納得もいくことである。 昼食が終って、出演者は皆、最後のネタ繰りを始めた。わたしもと思っていると、一人の人が話しかけてきて、何かの運動(?)のことで署名を求めて来た。本番があるので終わってから、またその話を聞きますから…と、お断りした。 もう一つ。わたしの出番は最後だった。所謂、取りをとる、ということなのだ。これは話の長さや内容等から、都先生が決めていらっしゃるのだそうだ。とにかく最後なのだから、待つうちに緊張感も高まって来ていた。 いよいよ出番が来て、高座に上がって、本題に入る頃には気持ちも落ち着きを取り戻して行ったようである。しかし気になる人がいた。わたしの顔を睨むように見ている。熱心に聴いてくれているのだと思い、気にしないように した。言葉が詰まるような所もあったが、まずまず順調に話していたようである。が、しかし、何故突然に真っ白!…になったのか? 声が停まった最後の言葉を必死に思い起そうとしていた。その時間、動画を観て判ったことだが、約1分間。 小屋主さんらしき人が、出囃子係りで舞台の傍に居て、また皿屋敷の話もよく知っていて、わたしの停まる前の科白を小さな声で言ってくれているのが聞こえて来た。その言葉を口に出してみると、何と不思議や!…続いて言葉が出て来たではないか! しかし、わたしは、そんな事よりも何よりも、肝心の「話」の方で、≪みっともない恰好を見せてしまった≫のであった。素人芸ならば、これもご愛嬌!ということで済まされるかも知れないが、入場料を取って観て貰っていたのだから、 プロとは言わないまでも、セミプロ(その自覚は他の人にもあるのだろう…)なのだから、わたしは、けじめを付けないといけないと思った。 その月の18日の授業が始まる前、《事始めの儀》というのがあり、指導してくれてる先生への感謝と翌年への抱負を述べるのであるが、わたしは「これからも素人芸を磨いて行きたいと思います」と抱負を述べたのである。内心では、 少なくとも来年のパリテ亭は出ない、要請があっても出演しない、と決めていたように思う…。 年が明けて、今年は2019年(平成31年 ==5月から== 令和元年) 1月26日(土)の「笑門来福」に向けて昨年から練習は始まっていた。火曜クラスは、その前座として「皿屋敷」と「天狗裁き」を口演することになった。「皿屋敷」はリレー落語で。「天狗裁き」は配役を決めて…。わたしはこの機会に「天狗裁き」 を覚えたいという気持ちから、こちらを選び、喜八という人物をすることになった。喜八は話の最初から最後まで出て来るので、憶えたいという気持ちに合致していた。 わたしは以前、人形芝居をする集団に所属していたことがあり、米朝さんの「天狗裁き」を You Tube で聴き、台本起こしをしていた。都先生が持って来た台本は、勿論米朝さんのものだが、科白が少し違うところがあった。米朝さんは この話の一端を江戸落語か何かの資料で見つけ、それを約十年かけて完成させたということが、ネットに出ていた。 練習中こんな事があった。わたしは喜八の科白で気に行った所があり、既に記憶していたので、この科白でやらせて下さいと言ったところ、ピシィ!と拒絶されてしまった。理由は明快であった。台本通りにやらないと他の人が困る。 一人でやってるのではないのだから、次の人がどのタイミングで話し始めたらよいか判りにくくなるのだから、と。仰るとおりである。我を通した自分を恥かしく思った。 またこんな事もあった。喜八の気持ちを勝手に想像して、非常にきつい言葉で言ってしまった時があった。他の人は皆、吃驚して唖然としたようである。わたしはその日の自分のモヤモヤ苛々していた気持を発散することが出来、皆の呆れ顔を見ながらも、 スッキリした気分であった。都先生は、初級のクラスの時と同じように諭されたが、何回言ったら解るんや、この人は!と内心思われていたのではないだろうか…。 「天狗裁き」は、後でビデオを見せて貰う機会があり、喜八に関しては、もっと話の繋ぎ役という事を意識してやっていたら、少しは良くなっていたのではなかろうか…、というのがわたしの反省点であった。 |
※ 落語クラブ2年目(2019年) ※ |
「笑門来福」で「天狗裁き」の口演が終わった後も、わたしは練習を続けていた、通しで聴いて貰おうと…。それで試しに録音してみた。 今聴いてみて、つっかえたり、科白をまだハッキリ憶えてない所、滑舌の悪さ等々…、当時はこれを聴いてどのように思ったのか、はっきりした記憶はないが、恐らくこれじゃイカン!と、更に力を入れて努力したように思う。少なくとも毎日一回、 毎朝トイレでネタ繰りをしていた。 その後、約一ヶ月経って、通しで聴いて貰うこととなった。少しは良くなっていたのだろうか…、しかし、奉行の科白で、「アッ、飛ばした!」と言ってしまい、そこから奉行の科白のつっかえが何回も…。天狗の科白は良かったと言って下さったが、 あれでは認証印を押すことは出来ない、当然の結果であった。 しかし、これで良かったのだ。認証印を貰っていれば、パリテ亭の小屋主さんらしき人から何時か依頼のメールが来るだろう。辞退のメールを返さねばならない。そうだ! 通しで都先生に聴いて貰う必要はないではないか。改善点を指摘して貰うだけで充分、今後の練習の 指針となるではないか。よし、そうしよう。 次は「狼講釈」。 都先生の一番弟子の雅さんが亡くなられ、昨年の1月16日、天満天神繁昌亭で「露の雅 SHINOBU」会が催され、その時、露の紫さんが「狼講釈」を口演され興味を覚え、You Tube で露の新治さんの「狼講釈」を聴き、これは何時か憶えたいと思い台本起こしをした。 4月に、全体の三分の一位を聴いて貰い、その語り口で良いと言って貰う。翌月、最後の全体の三分の一を聴いて貰う。固有名詞は、もっとよく聞き取れるように発音するようにとの指摘を受けた。このように具体的な指摘は、肝に銘じて今後の練習に生かしていきたい。 6月は「動物園」。 「動物園」の台本を見ると、[2016,02,23 印刷]とある。その頃から、桂枝雀さんの動物園を You Tube で録音し聴いていたのだろう。しかし、あの語り口はとても真似出来ないと思っていた。 わたしは若い頃らか特に落語に関心はなかったが、高校卒業後何年かして枝雀さんが英語で落語をしたと聞いた時、枝雀さんに興味を覚えた。と言うのも、わたしの恩師(高校の英研の顧問)が、英語で落語を初めてやったのは儂だと言っていたのを憶えていたからである。 先生がやられた落語の演目を何故訊いておかなかったのか、今にして思えば残念でならない…。 今年4月の「第八回都十八番への道」で露の瑞さんの「動物園」を聴き刺激を受け、「動物園」をやってみようと決心させてくれた、ということは既に述べた。露の瑞さんのを聴く以前に、米朝さんの動物園を聴いてみたが、わたしの心は殆んど動かず、やるなら枝雀さんのしかない…、 と再度思い決めていたこともあって、瑞さんの動物園はわたしの決心を強く後押ししてくれたのであった。 「動物園」は二回に分け聴いて貰ったが、前半は科白を飛ばすところもあったが、特に注意点は無く、この調子でやって行けばいいのだろうと思い、同じ月に後半も聴いて貰った。ぬいぐるみを着た虎の動きについて、「それではあんたの禿げ頭しか見えない」との忠告を受ける。成程、 首を上げると、かなりシンドイ。シンドくとも顔を客の方へ向けなければならないのだ。 7月は「一文笛」。 「一文笛」は米朝さんの「動物園」を You Tube で聴いていた時、偶然知った米朝さんの演目である。枕の部分の小話が面白く、ついつい聴いているうちに本題に入り、その面白さに魅了されてしまった。憶えて語ってみたくなったのである。稽古は「動物園」とほぼ同じ頃から始めた。 前半の一回目は、まだ科白を憶えていないことが露呈し、そのリベンジをとの思いで臨んだ前半二回目も駄目だった。前半で客の心をしっかりと掴まなければならない所で、それでは駄目、との先生のお言葉…。まだまだ科白を憶えきれていないのである。 「皿屋敷」も一年以上かかった。あの感動を伝える為には、これは後一年かけて、ジックリ練習しなければならない演目なのだと肝に銘じた。 「一文笛」にある、特に印象深い科白を此処に抜き出しておくことにする。 お前、何かええ事でもしてやったように思うてたんとと違うかえ。子供が可哀想やと思うたら、高々五厘か一銭の玩具(オモチャ)の笛や、何で銭出して買うてやらんねん。それが盗人根性ちゅうねん。今聞いたら生意気な事ぬかしゃがったな。そやからお前、 結婚でけんで今、独り暮らしなんや。 何でそれがお前に判るねん。どんな身形(ミナリ)していようと、どんな事情で今独り暮しなんか、お前にみな判ってるちゅうのかい。偉そうなホゲタたたくない。この子が死んだら、お前、親に何と言うて申し訳する気やねん。 8月の1回目の授業で、同僚の一人の生徒から意外な言葉が飛んで来た、《拗ねてんねんとちゃうんか……》と言う様な。この頃ずーと先生に訊いて貰っているので、今日は見学です、と言ったわたしの言葉に茶々を入れて来たような感じであった。どのような言葉を返せばよいのか、 と一瞬困惑してしまった。何か言葉を返したようだが…、勿論喧嘩になるような事ではない。心の中にモヤモヤっとしたものが残り、余り良い気分ではない…。しかし、良く考えてみれば、そう言わせるものがわたしにあったのだろうと考えてみて、思い当たることがあった。「動物園」の 前半、後半を終えれば、次は<通し>ということになる。わたしはそうしなかたのだから、その辺りが不審の核のようなのだろう。不審に思っている人は一人ではないだろう。わたしは真意をはっきり述べた方がいいだろう、いや、述べるべきだと思った。 パリテ亭に出演しない旨をみんなに説明する。言ってみて、その後、何か熱いものがスーと抜けて行くような感覚に包まれて行くような感じであった。 8月以降は"White Lion"の練習に取りかかった。 8月の最後の授業で、"White Lion"を聴いて貰う。ネタが滑った後の観客を前にして喋っているようで、予定の半分も行かない所で切り上げる。ある程度は予想していたことである。みんなに聴いて貰おうと思うからこそ、英語も覚えられたのだ。今後とも忘れないように練習を続けていこう。これで良し。 "White Lion"は、「動物園」を口演した時に、その一部を英語でやってみますと…、ということで聴いて貰えるかも知れない、そのような絵を心の中に思い描いておくことにしよう。 9月の授業は3日と10日。聴いて貰えるのは10日が最後になるかも…。それで「東男と京女」を聴いて貰うことにする。これは浪曲で、天中軒涼月さんがやっておられる演目であるのだが、元ネタが落語なので、浪曲の台本でやってみればどうなるだろうか…という興味があり、10日を目指して練習開始!、その始まり部分、8分位を聴いて貰った。 落語になっておりますでしょうか?…。やはり、節の所が気にかかっていらっしゃたようだ。節を入れないでやった方が良いとのご忠告。想定内のことである。節回しが好きな大家さんという設定のつもりなのだが、それを納得してもらうには、まだまだ、わたしの語り口はほど遠い、ということなのだろう。精進!精進! 都先生に聴いて貰いたいと思う演目は、これでほぼ終わった。10月からは、来年の1月の「笑門来福」に向けての練習が始まる。 10月1日(火)の授業:15分位時間が余って…、 雑談となり、都先生のお弟子さんの話やら何やらと…、弟子を持った落語家さんの内事情が何となく想像出来て、また師匠としての様々な苦労話等、大変興味深く拝聴することが出来た。弟子を育てるということは、つまり師匠が創り上げた芸を弟子に伝え、受け繋いで行って貰うということでもあるのだ。 以前都先生が「落語は男性のもの」と言っていたことを思い出し、それはまだ自分の中で納得出来ていないこともあり、これはいい機会だと思い、改めて訊いてみた。 落語の話の中では、男性には表現出来ない、女性にしか解らないような事柄があるではないか…、男性には敵わないと思うこと等、ないのではないか…。 しかし今日都先生の話をお聴きしていると、数百年(380年?)と続く長い落語の歴史を積み重ねて来たのは男性であって、今までに何人もの大落語家が出現し、観客の心を捉えて来た、と先生は仰る。そのような長い落語の伝統を、都先生はしっかりと理解し、男性ばかりの落語の世界で女性落語家として長く続けて来られて、 身に沁みて感じているものが、きっとおありなのだろう。そのように想うと、先生の「落語は男性のもの」という言葉は、今日初めてわたしの心に、腑に落ちて聞えて来たのであった。 都先生は、女性にしか表現できない落語の世界を、男性の落語の世界の中で、女性落語家の草分けとして築き上げて来た、と言えるのではないか。しかし都先生は仰った、大女性落語家が出てきて欲しい、と。大女性落語家が出現しない限り、やはり「落語は男性のもの」と言わざるを得ないとお考えなのだろうか。 先生が望んでいらっしゃる《大女性落語家》の出現は、まだまだ先のことかもしれないが、女性にしかできない落語の世界の礎は、既に先生は築いてこられたことは間違いない。 近年増えつつある女性落語家達の中から、近い将来、大女性落語家の出現を!!…という事で、今日の落語の授業は50分オーバーして、お開きとなったと言えるかも知れない。 11月からは、来年1月の都先生の教養講座「笑門来福」に向けての練習が始まった。 私達火曜クラスは、リレー落語の形で、5人で「つる」を、5人で「鷺とり」を口演することになっている。 |
※ 2020年(令和2年) ※ |
令和2年になり、1月25日(土)に「笑門来福」は無事終わり、わたしは2月一杯で「落語クラブ」を辞めることにしました。 都先生、3年間ご指導有り難うございました。 昨年8月の授業で、都先生から高田郁さんの小説が面白いと教えて貰い、それ以後高田さんの小説に嵌まってしまっています。 最近読んだ彼女の短篇集『ふるさと銀河線』の中に「幸福が遠すぎたら」という題名の短編小説があり、とても印象に残りました。寺山修司の詩の題名を小説の題名にしています。 |
さよららだけが 人生ならば また来る春は何だろう はるかなはるかな地の果てに 咲いてる野の百合何だろう さよならだけが 人生ならば めぐりあう日は何だろう やさしいやさしい夕焼けと ふたりの愛は何だろう さよららだけが 人生ならば 建てたわが家は何だろう さみしいさみしい平原に ともす灯りは何だろう さよららだけが 人生ならば 人生なんかいりません |
わたしの3年間の落語の頁で御座いましたが、最後までようこそ御読み頂きました。 世の諺にある通り、会うは別れのはじめとやら…、 「人生即別離」を「さよならだけが人生だ」と訳された人が居りましたが、それに対して、「さよならだけが人生ならば、人生なんかいりません」 と返す人も居ります。人生は様々、そこに住む人もそれぞれです…。 わたしは今日でお別れしますけど、今度再び会う日まで、寒さ暑さに気を付けられて、皆様お身体大切に、甚だお粗末でした、まずこれまで……。 |
※ 2020年(令和2年)3月〜 ※ |
注:クリックして30秒位かかるかも… つる (2020,03,26 試し録音) 鷺とり (2020,05,14 試し録音) 夢の財布 (2020,05,28 試し録音) (注) 2,3行飛ばした個所があり、その不明さにお気付きになられた方、すみません。 たけのこ (2020,06,05 試し録音) 一文笛 (2020,07,30 試し録音) (注)<手内職で>やっとおかいさんを啜っている…、その他滑舌の悪さ相も変わらず… 狼講釈 (2020,08,31 試し録音) (注)<憚りを拝ちょう→憚りを拝借…、はっ…心得たり→はっご油断めさるな、おお!心得たり… 天狗裁き (2020,10,30 試し録音) (注)失敗です、最後の所で失敗してしまいましたが、まずはお聴きください… 天狗: 馬鹿馬鹿しい。聞いたところで何になる。たかが夢ではないか。初め女房が聞きたがり、隣家の男が聞きたがり、家主から奉行までが聞きたがった夢の話。 天狗はそのようなものは聞きとうはないが、素町人などと申す者は、どのような馬鹿げた夢を見るものか、お前が、喋りたいと申すならば、 聞いてやってもよいが 喜八: いえ、喋りたいことおまへんので。わたしほんまに夢なんかみてぇしまへんので。 天狗: 此処はほかに聞く者もなき鞍馬の奥、僧正ヶ谷。わしは人間ではない。…… 青字の所から、奉行の科白に変わってしまいました。と言うのも、もう少しでこの録音はうまく終わりそうだ!、という意識が働いていて、天狗さんの イメージが消えてしまっていたことは確かで、奉行の科白にも同じような個所があったので、…奉行にならば喋れるであろう…が出てしまったようです。残念!! |