上梓【2009.08.08】
Il y a longtemps que je …
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8 月
- 1981年8月1日(土) 晴、雲多し。 28℃(夕刻) 25℃(夜)
- 10時の約束に、1時間半遅れてダニエルさんやって来る。昨夜遅くまで子供を預っていたのがその理由。1時まで交換。
ポール・ロワイヤルの学食は8月は休み。マビヨンは開いている。しかし時間が無くパンで済ませる。フナック・モンパルナスで "L'anglais en 90 jours" を買う。12フラン80。フナックの前を弥生があの大学院生を従えて歩いていた。従えてとしか言いようがない。普通は並んで歩くものだ。男性の方は僕に気付いたようだが、弥生は気付かなかったのか、通り過ぎて行った。
大橋君に会えるかもと思い、駅で4時前まで待っていたが、終に帰って来なかった。その時偶然杼谷さんに会い、5時過ぎまでホテル・ニコールの近くのあのカフェで話をする。ピレネーの方に行きたいらしいが、そこだと学校はなく、他の都市の夏期講習を受けるには金がかかりすぎる……。明日から彼はヴァカンス。何処へ行くかは未定らしい。
夜8時頃、松村さんが主人の家族と一緒に食事に来ていた。会釈を交しただけ。今夜は忙しく、大入りの可能性大なり。
- 8月2日(日)
- 夕方まで外出せず。家で先生に手紙(第6信)を書く。
- 8月3日(月) 曇、午後より晴。 28℃(夕刻) 25℃(夜)
- 新しい授業、新しい教師。アルバイト教師でまだ教え方にリズム感はないが、聴き取りに主眼を置けば、大差はない。頑張るだけだ。
マビヨンの学食へ。2時~4時、交換、ポンピドーで。ダニエルさんのブローニュの生徒は8月は休んで9月から。それで、誰か生徒を紹介して欲しいと頼まれたが……。
ドラッグに米須君と鈴木君が来ていた。角ちゃんは姿を見せず。12時頃まで話す。帰宅後、烏君が山本さんや石井さんに対する批判的な意見を述べていた。
- 8月4日(火) 快晴。 32℃(夕刻) 28℃(夜)
- 松村さんから新書4冊借りる。アリアンスの図書室は暑く、車の騒音も大きく、勉強はあまり進まない。もう完全に夏。ノーブラのフランス女性が多い。
仕事で、西江さんが「マッチン」と呼んだことに反撥。西江さん押し黙り、こちらもまずい気分となってしまった。しかしわだかまりを隠し持っているよりは、はっきり言ったほうが良い。悪意は持っていないと解っていても、やはり嫌なものは嫌だ。何故もう少しやんわりと言わなかったかと、ただそれだけが悔やまれる。
- 8月5日(水) 快晴。昨日よりも暑い。
- クラスを変えたいのだが、8時30分~の授業はすべて一杯で、12時30分~なら可能らしい。が、もうしばらく続けてみようかとも思う。
11時頃から空腹を覚え、腹が痛みだす。正午を過ぎた頃からひどくなり松田さんの気を煩わす。一時どうなることかと不安だったが、パンを二個買い、その一個を無理やり腹に入れ「サクラ」へ向かう。一昨日だったか、菅家さんが正露丸を服用していたのを思い出したのだ。向うバスの中で大分鎮まってくる。「サクラ」に着く頃には殆んど痛みは止っていた。それでまた学校に引き返す。
松村さんは休み。家の人と一緒にヴァカンスに出かけたかも知れないとのこと。松田さんとリュクサン公園の木陰で話す。
マビヨンで夕食。松田さんが相川さんを知っているという人に彼女達の消息を訊く。先月の15日頃地下鉄で相川さんらしき人を見かけた人が一人いるそうだが、その後は誰一人として見かけた者はいないと言う。
腹痛は今はもう完全に治ったようだ。寝冷えの為なのか、どうなのか?
『マッカーサーの二千日』 袖井林二郎著-中公文庫-了。
- 8月6日(木) 晴、午後曇(一時雨)。2時頃突風。 22℃(夜)
- 奥さんが出産とかで代理の先生が来る。50歳位の男性でやはり教え方がうまい。楽しい授業であった。明日もその先生。授業が終った頃、間留賀梨多がやって来て僕にクラスを変わりたいと言ってきた。今日の授業の楽しかったこと、明日もその先生だと言うとちょっと残念そうな表情が窺えたが、12時30分~への変更は可能なのでそちらの方へ行くかも知れない。
マビヨンで昼食。ポンピドーへ。ラジオを聞きながら待っていたが眠ってしまう。3時過ぎにダニエルさん来る。友達が1時頃訪ねて来て遅れたとのこと。今日は彼女に教えただけ。来週の月曜に例の記者に原稿を送る予定。翻訳料について訊くと1万8千フラン。そこから2千フランはタイプ料、残りを彼女は3分の2、記者が3分の1。記者は訳文を再構成して序文を書く。9月に再構成した文を二人で検討して出版にまわす運びらしい。
松村さんは休み。家の人と一緒にヴァカンスに出かけたのだろう。子供に大変好かれているとか。
- 8月7日(金) 薄曇。 23℃(夕刻)
- 5分遅れてアリアンスに着く。マルガリータがテキスト(2)の方に変わることが出来たと告げに来る。握手をして別れる。残念だか仕方がない。いい感じのスペイン女性であった。
昨日話しかけてきた京都から来た青年とマビヨンへ。その後ポンピドーへ一緒に行く。
睡魔に襲われて勉強出来ず。出ることにする。チュイリー公園のベンチに座っていると松村さんと松田さんが歩いてくる。偶然であった。日曜日に映画「7人の侍」を観に行く約束をする。2対1の男女関係は難しい。
夜、村山君「鮨ケン」に来る。仕事終了後カフェで話す。少しどもる癖のある青年(サンジェルマンにある店で現在鉄板焼きのコックさん。「大阪」に6ヶ月勤めていたらしい)と一緒。村山君、Cadet の近くで仏女性(31歳)と同棲。人生とはナントカナッテイクことを彼が証明したようなもの。7月のパリ祭までは彼は誰か知り合いの下宿に居候していたが、パリ祭の前夜、モンパルナスで踊っていて知り合ったと言う。その人は、日本人に大変興味を抱いているようで、現在IMBと短期契約で1日5時間電話交換の仕事をしているとか、自分の自由を大切に考える女性らしい。大橋君も最近元気づいてきているし、さて我輩は……?
佐伯というコック、滞在許可証を警察へ申請に行き、貰ったそうだ。ミッテランの政策の一つで、現在モグリ労働者を正式に認める方針であるらしい。
- 8月8日(土) 曇、夜小雨。 24℃(夕) 21℃(夜)
- 正午頃マビヨン着、昼食。松田さんと連れの若い青年(村先君?レーサー志望)に出会う。「泳ぎに行くのですが寒いですか」と松田さんに尋ねられて、一瞬返事に困る。3年間放浪している割にはあまり主体性が感じられない。
ポンピドー。ダニエルさんは15分程遅れてやって来る。マダム・キタの断りを告げると、彼女舌をぺろりと出した。可哀想な気がして、申し訳なかった。「マダム・キタはブルジョワだ」と言ってみたが、何か釈然としないものが残った。ダニエルさん、「私の翻訳が終ったら、あなたのディクテをやりましょうね」と言った。
夜忙しい。終ったら、11時を15分程過ぎていた。菅家さんが風呂に入りに来る。4人で烏君の買った西瓜(12フランだったとか)を食べる。少し熟し足りなかったがうまかった。
- 8月9日(日) 曇。 21℃(夕) 19℃(夜)
- 地下鉄マビヨン駅に5分遅れて着く。松田さん、村先君、松村さんの3人が待ってくれていた。モンパルナスのセルフで昼食。オペラ通りの映画館で「7人の侍」を観る。良い映画は何度観ても新たな感動を覚えるものだ。 Bien vu !
烏山君と西江さん、調理師2人の連携がうまくいかず、双方の言葉の応酬や反撥にこちらは少々うんざり――。烏山君は「サクラ」では先輩になる。その烏山君が西江さんに仕事をよく言いつける(勿論……して下さいという言葉使いはするが)、それが西江さんにすれば、自分でやればよいのにと思える事もあるらしく気に障ることがあるのだろう。そのような傾向は烏山君に無きにしもあらずで、西江さんの気持は解らないでもない。職場の人間関係の難しいところ、多々有り。
- 8月10日(月) 曇、夜10時頃小雨。 17℃(夕) 16℃(夜)
- どうしても面白くなく、クラスを12時30~に変える。そのクラスは生徒数13名位で少なく、先生は女性で40歳はとうに越えている。気のいい先生のように見受けられる。難を言えば、発音があまりに遅すぎる点。遅ければ聞き取りは楽という事にはならない。6月の先生の語り口は速かったが、何とか理解出来たことを思えば、もう少し速く発音してくれもよいと思うが、まあ朝の先生よりはよい。
ポンピドー、2時45~5時15。
角ちゃん、烏君の部屋に泊る。彼のフランス料理修行の話を深夜2時半頃まで聴く。シャルトルでのフランス人ばかりの中で生活する不安な気持は、我々に話す事で多少なりとも解消させることが出来たであろうか。
- 8月11日(火) 早朝快晴、後薄曇。 21℃(夕) 19℃(夜)
- 角ちゃんと11時過ぎに出て、マビヨンへ。彼は学食は初めて。シャルトルの寮の食事よりは良いと言っていた。彼と別れてアリアンスへ。
ダニエルさん、3時前に来る。空いた部屋で教える。僕は質問がないので、彼女気にして、教科書(Ⅰ)の残りを録音すると言って持って帰る。5時前に交換了。
ジュンク前でバスを降りて、オペラ通りを歩いて行く。日本人観光客の何と多いこと!
仕事はまずまず。帰宅後1時頃まで三人でポーカーをして遊ぶ。
- 8月12日(水) 曇。
- 9時前に起床。11時過ぎに出て、マビヨンで食事。アリアンスへ。
松村さんの姿みえず。松田さんとも会わなかった。同じクラスの日本人と喫茶店で話をする。僕と同じ年齢。仙台の人で、話し振りはおっとりしているが、外国生活が長く視線は時々鋭いものがあった。東北大の数学科卒で、大学紛争世代。東京の小さな新聞社に記事を送っているとのこと。少し興味を覚える。いずれゆっくりと話をする機会もあろう。管野(カンノ)さんと言っていたっけ。
30分遅れて、3時半にポンピドーに着く。5時前にダニエルさん、友達と会う約束があるとかで、先に帰る。彼女、翻訳を今日でやっと終えたようだ。何故か物足りなさを感じる。このまま交換教授を終えてもいいやという投げやりな気持になったりするが、これは一体何故なのか……。それから30分位してマビヨンへ夕食に行く。
夕食後いったん帰宅する。出ていく気がしなくなり、本でも読んで長い夜を過ごす。9時半頃字が読みにくくなる。もう、10時を過ぎると暗くなるようだ。夏も終り、ということか……。
社長が今日、烏山君に「10月の15日迄に部屋を出てほしい、と大家が言っている」と言ったそうである。また皆ちゃんには、警察へ行って労働許可証をとってきてはと促したそうな。8月中に労働許可証を申請すれば簡単におりるらしい。11月に正式の許可証が発行される手筈になっているとか。先月社長が労働省へ行かないといけないと、慥か言っていた。行って情報を得てきたのだろう。不法労働者を正式に認め、税金も取り、整理する意図ではないか――と思う。とすると、11月以降、不法滞在者は国外追放――ということになるやも知れない。
- 8月13日(木) 晴。 26℃(夕) 25℃(夜)
- Banque National de Paris へ行く。来週の水曜日に来いとのことであった。東京からのテレックス待ちだとか――。
マドレーヌ聖堂に初めて入る。静かに賛美歌が流れていた。
マビヨンで昼食。アリアンスへ。授業が終って松村さんに会う。クラスを変りたいと言うので一緒について行ってやる。手続きを終えた頃松田さんが来る。表情がおかしい。ぼくを避けているような感じ。少し不愉快だ。僕がクラスを変えたことは松田さんはとうに知っているのになあと言うと、そのことは彼女昨日聞いたと言う。何かすっきりしないものがあった。後で、昨日、一昨日と図書室を覗いてみたが――と言うと、二日休んでいたと言う。矛盾している。そういう点も不愉快であった。カフェで雑談後僕は図書室へ行くと言うと松田さんも行くと言う。彼女は何分か遅れて入ってくる。それも不愉快であった。変に神経に触る。松田さんの気持の中に自分の気持の一部を読みとってしまうから不愉快になるのだろう……か。別にどうということもないのに、……人間は一人では淋しいのか。
3時少し前であった。ダニエルさんは既に座っていた。今日は学生は少なかったが、開いている教室でしましょうかと言っても彼女は応じない。それが不愉快な気持を余計に大きくした。彼女はそんな僕の気分を鋭敏に感じ取ったのか、彼女の質問に対する受け応えがいつもよりぞんざいなのを感じたのか、1時間程して彼女は眠い、勉強出来ないと言い、カフェがあるのかと問いかけてきた。その時僕は仏語は鞄の中にしまい、本を読み始めていた。それじゃコーヒを飲みに行こうということで、下へ降りて行った。そこで5時過ぎまで話をする。最初は僕も仏語で喋り、彼女は間違いを訂正してくれていたが、いつの間にか日本語で話すようになっていた。話していて、今日は彼女と何処か心が通いあうような、触れ合うような感じで、僕の不愉快な気分は次第に鎮まり、彼女に対する物足りなさも解消していった。彼女は、両親がフランスに住んでいるからフランスから離れられないという気持もあるようだが、フランス人が嫌いで、出来るなら祖国ベトナムかアジアの何処かの国に住みたいらしい。ジャーナリストになって日本へ行ってみたいという気持もあるようだ。見本の香水を貰い物だけれどと言って彼女にあげると、喜んで受け取ってくれた。僕の気分は大分よくなったようだ。最近は、何故か気分の苛立ちが多いようだ。禁欲生活の反動なのかも知れない。MAUBER の近くに安い食料品店があることを教えて貰う。彼女はそこへ買い物に行くと言って、別れた。
久保田さんが今日滞在許可証を貰ってきた。仮のもので、11月に更新して正式のものとなるらしい。それで、僕たちも、ということで、社長が保証書を書いてくれた。
- 8月14日(金) 晴。 29℃(夕) 26℃(夜)
- 西江さんと一緒に地区の警察署へ滞在許可証の申請に行く。社長の ATTESTATION を見せても係官は満足せず、なにやかや言ってくる。彼の言葉が理解出来ず困っている時、フランス人の一人の市民が英語で説明してくれたり係官に代弁してくれた。昨夜から何か引っ掛かっていて多少不安があったので、僕の申請については差し控えた。今は反省。月曜日に再度申請に行くつもり。
同じクラスの中国人(北京から来た)と授業後、管野さんも交えて少し話をする。
3時半頃ポンピドーに着くが、5時に出るまで、終にダニエルさんは来ず。約束は明日であったのかも知れない。
今日もキッチンは二人。疲れた。しかし大丈夫だ。
- 8月15日(土) 晴。 30℃(夕) 27℃(夜)
- 昼食にマビヨンに行くが閉っていた。今日は Fête de l'Assonption 、サン・ジェルマン・デ・プレ教会に初めて入る。ステンドグラスが美しい。教会の造りはみんなよく似ている。専門的にはそれぞれ違いがあるのだろうが……。
仕方なくサン・ミッシェルまで歩き、サンドイッチとフリッツを買い、食べながらポンピドーへ。図書室で勉強に取りかかるが眠気に襲われる。ダニエルさんは来ず。約束はやはり昨日だったのだ。一昨日彼女の顔色は良くなかったから、体調を崩しているのか…。
白川さんも昨日2区の警察署へ申請に行ったそうだ。彼の場合、画家としてのセジュールが切れて1年が経つと言う。その間の税金を支払わなければならないのだそうだ。マダムは今金がないのなら分割で支払うからと言って、滞在許可証は貰った方がよいと忠告したとか……。
- 8月16日(日) 曇。 23℃(夕) 17℃(夜)
- 大橋君のホテルに1時頃電話する。「ネパラ」という声。余りに速い応答。一応行って確かめてみようと思う。レ・アールで京都から来た24歳の神谷君と偶然出会う。リュクサンで降り、セルフで昼食。ルーブルまで一緒に歩く。彼とは仕事に行く5時頃まで久し振りによく喋った。ルーブルでは観光客相手に似顔絵を描いている若い女性と片言の会話を交す。見本に置いてある誰かの似顔絵は半時間で描いたと言う。よく描けている。神谷君はレンブラントが描いたデッサンによく似ていると言っていた。その女性「アナタハニガオエハカケマスカ」と言って、愛嬌のあるところを見せた。
今日は昨夜程も疲れは感じなかった。
この頃は帰宅後いつもポーカー。最初の熱気もだんだん冷めてきて、昨夜今夜と下がり気味。「栄光の背番号3」のカセットをかけてポーカーをしていたが、烏山君は自分の部屋で残りを聞いているらしく、それが聞こえてきている。
- 8月17日(月) 快晴。 21℃(夕) 19℃(夜)
- 滞在許可証の申請に行く。想っていたより簡単だった。11月17日迄の仮のもの。さて、11月に何が起きるか?
授業が終ってポンピドー。毎日同じ日常――。
5時頃、Banque National から「サクラ」に電話がかかってきて、明日来いとのこと。
角ちゃんがパリに帰って来ていて、ドラッグで会う。彼の情報では、8月中の滞在許可証はその奥に失業対策の意図がある、締め出し政策は強まるだろう――とのこと。又、9月になり国会が再会すれば、10日頃にははっきりする――とか。これらの情報には恐らく人の憶測が入っているだろうから、そのまま信じられないが……。
- 8月18日(火) 快晴。 24℃(夕) 21℃(夜)
- Banque National de Paris でやっと住友旅行小切手のリファンドを受ける。
その後ダニエルさんを訪ねる。先週の金曜日は3時10分頃に帰ったとのこと。土曜日もポンピドーに行ったらしいが会えなかった。彼女はどうやら日本に行きたいらしい。例の仏人のフリーライターがルモンド紙の記者に彼女を紹介(中国語では介紹)してくれることになっているとか。ルモンド紙の特派員として日本へ行ける可能性がある。更に日本語をある程度話せるならば日本で職に就ける可能性も開ける。日本経済が専攻なのだから、ぜひ日本で生活を体験してみる必要があると忠告した。彼女は日本の大卒の女性と違った良さを持っている。彼女が若し僕に対して好意以上のものを持ってくれているならば、彼女の為にする労は決して厭わないだろう。今日そんな予感を持った。彼女の部屋に40分位居ただろうか、三省堂の国語辞典を置いてくる。
授業の後、松村さんの買物の供として MAUBER のベトナム食料品店へ。ラーメンが1つ2フラン50と京子に比べて1フラン安い。ホントウフが4フラン。その後、Hôtel de Ville にある百貨店へ同行する。テーブルの上に置くガラス板を注文したいのだが言葉が通じなくて困っていると言うので。松田さんとよく一緒にいる女の人も一緒だった。Caisse で金を払った後でないと注文のガラス板を作るよう発注しないようだ。レシートを見せると、話は簡単、今月の29日に出来るから取りに来るようにとのことであった。
店に住みついていた捨て猫のシャーを、昨夜西江さんが自分勝手にこのアパートに連れてきた。昨夜は夜遅くまで泣き声を出していた。今夜帰ると、部屋が少し臭う。泣き声を聞くと可哀想な気持になるのだが、この臭いはたまらない。
呪ポーカー。いい加減、イヤになる!
- 8月19日(水) 快晴。
- シャンゼの Crédit Comercial de Paris でチェックを現金化。5万円が1285フラン、そこから手数料1%減。マビヨンに行く時間がなく、初めてアリアンスの食堂で昼食。定食は学食の3倍、15フラン。
松田さん、昨日滞在許可証の申請に行ったが、10月に来いと云うことだったとか、更に学生ならもっと仏語を勉強しなさいと言われたそうだ。しかし、その事情はよく伝わってこなかった。
図書室でダニエルさんを待つ(3時20~5時50)が、4時の約束の時間までには来ず、終に会えなかった。オルリ空港へマダガスカルに帰る友を見送り、午後2時発だから2時間あれば充分と計算したから4時と言ったのだろう。待ちぼうけを食わされるのはいい気分ではない。今後彼女から連絡があるまではこちらから働きかけない!
マビヨンで夕食後、サン・ミッシェルでドイツ映画を観る。14~5歳の少女が覚醒剤に侵され身を破滅させていく過程を描いたもので、ドイツの都市の病巣を抉った社会派映画。まずまず――。
- 8月20日(木) 雨後曇。
- 烏山君とマビヨンの学食へ。近くの店のウインドーに飾ってある革のジャンパーに彼の目が留まる。1250フランとある。僕の視線はそういう類には全く留まらない。少し驚きの思いで彼の反応ぶりに関心を持つ。彼の方が普通の反応なのだ。
ポンピドーに行くが彼女には会えなかった。(2時45~5時10)
皆ちゃんに千フラン貸す、11月迄ということで――(先日現金化したのはこの為)。昨日烏山君が百フラン、返さなくてもいいと言って渡してやったらしい。昨日持っていってやればよかった。皆ちゃんの知人が借りている部屋、サン・ジェルマンの近く、風呂付ガス代電気代込みで月7百フラン。そこに入れることになるかも知れない。月3百フラン位の赤字となるが、仕方がない。
- 8月21日(金) 快晴。 20℃(夕) 19℃(夜)
- 松村さんが階段の所に座っていて、自分で作ったケーキを持って来てくれていた。
管野さんと授業が終った後、カフェで話をする。彼は月に15~20回位東京の「世界日報」という新聞社に記事を送っている。固定給は3千フラン位。中東辺りに長くいたこともあると言う。記者になって4~5年。経済的な心配が無いのがいい。
今日から新しいギャルソンが入って来た。20歳位の若いラオス人で、先祖は中国、仏国に来て7年になる。仏語は自由に喋れるようだ。
西江さん、今日は休みで、プレスリーの映画を3回観たとか。「感動しちゃって涙が止まらなかったよ、まっちゃん」と言う。屈託がなく素直で素朴なところが彼の取り柄。
- 8月22日(土) 昼快晴、夕刻より雲が目立つ。 22℃(夕) 20℃(夜)
- マビヨンで昼食後ポンピドーへ。途中、フナックでポール・フォールの詩集を探すが見つからず、ポンピドーの図書館には若者向けのバラッドを集めた詩集(1974年版)があっただけ。先生の言う "Cette fille est mort, et mort, dans son amour" が出ている詩集は現在では見つけにくくなっているのかも知れない。3時過ぎに出る。
ポール・ロワイヤルで大橋君を待つ。4時に会う。彼、前に会った時に比べて今日は少し元気がないような感じ。先週、スイスの兄夫婦が来ていたとのこと。彼の口からポツリと一言洩れる、来年早々に一度帰国しなければならないと。家庭事情が背後に暗い帳を降ろしているようだ。
北野君の手紙によれば、山本君は先月の20日頃名古屋に就職が決ったらしい。先生には何の報告もせずに――。恐らく「先生の僕に言った言葉」が頭に引っ掛かっているのだろう。彼の心情の屈折は十分理解出来る。
- 8月23日(日) 晴。
- ブローニュの森でソフトボールの練習。深野さんが車を借りてくる。久し振りのキャッチボール。まずは楽しい2時間半(3時~5時30)であった。
仕事終了後烏山君が一人先に出る。まだ帰宅していない。ドラッグにでも寄っているのだろう。
先生の手紙の言葉「……、が真実一路、究極の目標は失わないように――」が引っ掛かってくる。究極の目標は見失ってはいけないのだ。その為に今、何をしているというのか!
- 8月24日(月) 晴。 20℃(夕)
- 今日、 Dictée の試験。明日は Aural. (松田-弥生)
ポンピドー3時、見ず。サン・ミッシェル界隈をぶらつく。角ちゃん来る。
- 8月25日(火) 快晴。
- 若い時は、人は理想的で献身的で清々しい行動をとるが、齢を重ねて行くにつれ我執が強くなってゆき、周りに暗さを振り撒いてしまう。
母親は、自分の夢を息子の将来に託して、全てを彼に注ぐ。はい、この服を着なさい。はい、お金。はい、塾に行きなさい。はい、来年はこの学校に合格してね……。やがて息子は母親の操り人形のような気がして、自分の存在感を徐々に喪失して、鬱屈した不満と苛立ちを内に蓄積させている。
金持の気のいい息子は、人に物を与えるということの理解が乏しく、喜んで受け取って貰えないことが何となく不満である。その意味を考えようともせずに不満を外に出してしまえば、彼は傲慢という名に値する。貧乏たれの息子は貧しい生活の中に潜む様々な人生の相を体験してきているので、他人から物を貰うことに心は素直な反応を示さない。喜んで受け取り、その感謝の気持を素直に表現すればそれで済んでしまうところを、それが出来なくて、そして出来ないくせして受け取ってしまった自分に対する苛立ちを意識し、ますます心を屈折させてゆく。物を受け取ること、物を与えること、物を通して人間関係が形成されてゆく。物を自由に支配出来る心を持ち合わせてこそ初めて、心を媒介とした人間関係を生み出すことが可能となる。
烏山君とキャッチボール、近くの公園で(8時半~9時)。
――鍵は持っていく必要はない。
――いや、眠っているのを起すのはまずい。(もっともだ)。それなら僕が持って行きます。それ(貸してやったトレーニングパンツ)にはポケットがあるからそこへ入れて。
――君のにもポケットがあるじゃないか!
――ムッ………。
今日のキャッチボールには心の受け渡しはなく、白けたものとなった。
オーラルの試験も終り、一息。依然として会話力は乏しく、テキスト(2)に進級出来なくても不平は言えない。
管野さんとカフェで話した後、 Alésia へ行く。彼が先週の土曜日から下宿しているフランス人(奥さんはドイツ人)の家もこの近くとか―。 148, Rue d'alésia の本屋は幼児或いは低学年向きの本を販売している所。普通の書店と少し異なっていて、小売りはしていない感じ。しかし、Paul Fort の子供向けバラッド "Ronde" を28フランで買うことが出来た。
- 8月26日(水) 快晴。
- 朝方、空は曇っていて、霧が出ていた。寒くなるだろうと思い背広に着替えたが、予想は見事はずれてしまった。
昨夜、菅野さんを烏君が連れてくる。この部屋(実際は居間)の電気は点灯していたので消そうと思ったが、菅野さんが風呂に入っているので悪いと思い消さなかった。そしてそのまま寝込んでしまったらしい。朝、目を開けると眩しかった。
洗濯を済まして、9時過ぎに家を出る。キャッチボールはもうやらない。帰ってくると昨日の朝借りた靴が水につけてある。借りたトレーニングパンツは洗って返す必要あり。
学食。管野さんに出会う。同じクラスのスウェーデン女性と一緒。簡単な会話だが、彼は彼女の仏語はすぐに解るらしく、質問したり、答えたり。自分の仏語の会話力について考えさせられる。ところが試験は(Toute ça va)通った。どうにかだろう、まずまず―。
同じクラスの佐々木郁さんは3年間小学校の先生をしたことがあるらしい。大学では音楽を専攻したとか――。
カフェで5時前まで雑談(管野、松村、和田、松田)。松田さんの顔の表情には彼の心がすぐ反映するようだ。あの顔を見るのはいい気持はしない。
昨夜西江さんがこんなことを言った。「あいつは日本人観光客なら誰かれなしに関係を結び、目的が達せられるとすぐに捨ててしまうのよ。私なんか、感情が入ってしまうから素人女性は相手にしないのよ。世の中には平気でそんなことが出来る奴がいるのさ。生れつきよ。松本さんのように、そんなことが絶対出来ない人がいるように…さ」。
マビヨンで夕食後、サン・ミッシェルで映画 "L'Homme de Fer" を観る。ポーランド映画。最近のあの労働者のストライキ事件を一人のジャーナリストがルポするという形で、1970年のストライキをバックにあのストライキを浮かび上がらせていた。字幕の仏語だけではよく理解出来なかったが――。1時帰宅。
- 8月27日(木) 快晴。 23℃(夕) 22℃(夜)
- ダニエルさんから手紙。先週の水曜日、飛行機の離陸が遅れたこと、その後すぐノルマンディへ行って一昨日帰って来たところ、今週は忙しく、金曜日に電話するとある。《 Je suis partie en Normandie car J'avais des affaires à recupérer. 》の意味が不明。
管野さん休み。松村さんにも会えず。リュクサン公園で本を読んでいると、日本の老夫婦の後に例の3人が歩いてくる。和田さんが僕に気付いた時、僕は手を振りあげて挨拶したが、松田さんの表情は硬く、無視されてしまった。松田さんはこちらを全く振り向かなかった。あまり気持の良いものではない。図書室はイグザマンの為の試験場となっていると思っていたので敢えてそこへは行かなかった。彼等に会ったところで、昨日のような雰囲気は嫌悪を催す。会わないほうがよいという判断もあって、一人でリュクサンへ、そこへ彼等がやって来たという訳――。3時半頃まで座っていた。その後、リュクサンを横切って行くと、偶然松村さんに出くわす。菅野さんの休んでいたことを告げる。僕が声をかけなければ、彼女はそのまま気付かぬ振りをして行ってしまったかも知れない。女性の態度は誰も皆同じなのか――。そのような反応は女性特有のものなのか――。
セーヌ河左岸の古本屋でポール・フォールの筆跡の入った詩集を買う(40フラン)。
- 8月28日(金) 快晴。 25℃(夕) 21℃(夜)
- 授業終了後、管野さんとリュクサン公園のベンチで話す。佐々木さんに声をかける機会を逸して、残念。先生に航空郵便で書物を送る封筒を買う。1フラン85。
ダニエルさんから終に電話なし。
前川さんが、今度警察から何か連絡があった時は労働許可証を取ってあげますよ、と言ってくれた。今日、菅野さんが見せてくれた世界日報(8月20日付)に、仏国への入国は今後困難になるとの記事が出ていた。[ 仏旅行にちょっぴり厳しく、”もぐり労働者”防止で根無し草的『遊学生』に影響 ]。それによると、南ヨーロッパや北アフリカやアラブ等から観光目的で入って来て、そのまま職に就き居座っている外国労働者を締め出し、自国の失業対策の一つとする為らしい。日本人観光客もその適用を受けることになる。いい時に入国したものだ。「サクラ」で働くつもりなら、何年かは滞在可能となる。皿洗いの仕事はあと1年は辛抱しなければならない。
- 8月29日(土) 快晴。 23℃(夜)
- 公園前の郵便局へ行く。窓口の若い女性、愛想のない態度で僕の前の人達に応対しいていた。僕の書物を入れてある封筒を見てジャップと小さい声で言ったようだ。気分が悪い。
シャーの毛がずいぶん落ちている。猫はあまり好きになれない。部屋の掃除、そして洗濯後、マビヨンへ。昼食後ポンピドーに寄り、「サクラ」へ行く前に、最近開店したという東京銀行横の東京堂書店を覗いてみる。ジュンクよりも書物の数は多く、辞書類もたくさん並べてあった。広辞苑も3冊置かれていた。
3時前からチェイルリー公園でソフトボールの練習。烏君は来ず。
夜、菅野さんが泊りに来る。烏君と西江さんが将棋をしている。ここが個室であれば引っ込むことも出来るのだが――。人間関係に疲れる――全く。
- 8月30日(日) 快晴。 20℃(夜)
- ブローニュの森で「エトワール」と練習試合。我輩はセカンド。エラー2回。見送り三振とピッチャーフライ。石井さんに完全にしてやられる。優勝チームだけに流石に強い。5回制。我がチームは十何対ゼロで完敗。パリに来て野球をするようになろうとは――。烏君はノンチャン(という人。隣のジェッタの人で春のサクラの捕手)と組んで最終回を投げる。終った後は流石に感慨深げであった。
夜は客が多く大変疲れた。しかし先週に比べれば、身体も慣れてきているのだろう、それ程痛みはない。サバサバ――。
- 8月31日(月) 曇、夕刻一時雨。 23℃(夕刻) 20℃(夜)
- アリアンス休講(慣例)。10時起床。マビヨンで昼食。ポンピドーへ。管野さんに借りた『病めるときも』三浦綾子著短編集読了。現代に於ける愛の追求が彼女の文学の主要テーマのように想われる。彼女もまた現代に於ける愛の不毛性を痛く認識している作家の一人。感覚追求や金銭欲はきっぱりと否定しつつも、性愛に於ける精神性の辿る悲運を描いて苦しそうである。そこに彼女の文学の深さがあるとも言えよう。『チャタレイ…』においては性愛の中の感覚の優位性を強調することから始めて、精神性へと辿る、その過程と比較すると面白い。ロレンスの場合、機械化され管理化された現代社会から<性>を救済する所から出発しているので、背景が時代的で社会的である。三浦綾子の場合、背景にキリスト教的倫理が垣間見られるようだ。
東京堂書店に寄って20分位立ち読み。『誤解』の英語版が中公から出版されている。こちらでは60フラン。日本では1,200円だったから、1フラン=40円として、こちらでは日本での価格の丁度2倍。
烏山君、今日が最後。西江さんの減らず口が相も変らずに今日も出た。結果的には烏君がそれを誘い出しているような所もある。彼はそれに気付いていない。西江さんも少しは配慮してやってもよさそうなものだが――。
朝、シャーの排泄物の始末をする。帰って来ると、やはり臭う。排泄してあったからなのだが――。またそれの始末だ。西江さんは何時か気付いてくれるだろう。シャーは今夜から彼の部屋に閉じ込めると言っていたが……。
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