上梓【2009.11.23】
Il y a longtemps que je …
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11 月
- 1981年11月1日(日) 曇。 17℃(夕) 16℃(夜)
- 9時半起床。洗濯をすると、朝は何も出来なくて過ぎてしまう。
サン・ミッシェルのアラブ学食で昼食。鶏肉とライス。焼き飯のような感じで味付けは日本人の口に合う。食後大橋君を訪ねる。給料を昨夜落したとかで、鬱然としていた。三百フラン貸す。もっと貸してやればいいが、これが精一杯のところ。28日に払う部屋代は何とかしないといけない。リュクサン公園内を散歩がてら一緒に歩き、別れる。今日はそれほど寒くはなく、公園を歩く人の数は多かった。
ギャルソン達が交す冗談の中へはなかなか入っていけないようだ。帰る時、着替えはみんな一緒であった。僕は少し遅れたこともあって彼等の会話の雰囲気へは、何が話題になっているのかすぐに把めなかったこともあり、すんなり入っていけないものを内部に感じていた。安藤君が金がなくなってセーヌ河へ飛び込んだ、云々とじゃれ事を言っていたが、その時、僕の<大声>が話題にされた。あの<声>なら思い留めることが出来る、云々と皆ちゃんが言い出したが、聞いていてあまりいい気がしない。第一彼は何も知らないではないか!。夜、眠っていて、突然僕の大声で起こされ迷惑を被ったことがあるのなら、そのように言うのも仕方のない面もあるが、ただ他人から話を耳にしただけでジャレル――その軽薄さが気にいらない。半パッチをはこうがどうしようが、彼らに何の関係があるというのだ!。
何故か知らないが腹立たしかった。日本人でかたまって、ごそごそと、……、自分ひとりの責任でものを言ってみろ!。
- 11月2日(月) 曇。 16℃(夕) 15℃(夜)
- 少し寝過ごし、あわてて学校へ行くが、今日は休み。ボザールは開講らしいが、他の学校は全て休校だとか。昨日は祝日だったらしい。
今月分の授業料を払い込み、マビヨンへ。神谷君に出会う。鈴木さんは風邪で休んでいるらしい。例の仏作文を読みたいと言うので、見せる。彼は今月から再度受講するので一緒にアリアンスへ。空いている部屋で彼のデッサンを見せて貰う。日本で描いた油絵のカラー写真も。なかなか良かった。その後、鈴木さんの話題。彼は昭和20年三重県で生まれ、長年勤務した造船会社が倒産し、それが彼の人生の転機になったらしい。かなり苦労してきた人のようだ。パントマイムが上手だとか。一度飲みながらじっくり話をしてみたい。
安藤君から5百フラン借金。部屋代支払日のこと等を話していると、彼から申し出てくれる。彼、今夜、西江さんに連れられて、サン・ドニへ。
ドラッグの前で角ちゃんに出会う。明後日から Place d'Itali のフランス料理店で働くことになっているとか。ドラッグに入って10分程話して別れる。
佐々木さんから電話なし――。
- 11月3日(火) 曇。 16℃(夕) 15℃(夜)
- 新しいクラスは30名近い学生で一杯。先生は50歳位の男性。速く話されると殆ど聞き取れない。憂鬱な時間であった。
マビヨンから帰り、図書室にいると、管野さんが来る。新聞と三浦綾子の小説を持ってきてくれる。その後、近くのカフェで3時半頃まで話す。明日はOECDへ取材に出かけるとか。先週の木曜日の夜は、佐々木さんの引っ越し前のパーティーに招待されて行ったそうである。自然食品愛好家がたくさん来ていたとか。彼女の宗教と関係があるようだ。そう云えば、先週の木曜日、彼女、管野さんに話があると言っていたが、そのことだったのだ。心が少し落ち着かなかったが、別に僕に聞かせることでもあるまい。僕は夜は仕事があるので駄目なことは判っていたのだから。彼女もそう言っていたとか――。翌日の金曜日も、そのような話は全然聞かなかった。話しても仕方のないことと彼女が判断した為だろう。これが僕の人生!。これが僕の生き方――。
- 11月4日(水) 曇。
- 今日の授業に宝利さんが出席。実は僕の聞き違いで、お子さんが転んで怪我をしたということであった。ドイツの婦人(御主人の仕事の関係で今フランスに来ている)が心配していて僕に尋ねた内容から、―そうだったのかも知れないと!―と思っていた。授業が終って彼女に訊くと、やはりそうであった。我が聞き取りの力、思い知るべし!。
ポーリ・ロワイヤルで昼食。リュクサン公園を抜け、オデオンへ。マロニエの葉はすっかり紅葉し、既に半分以上散ってしまっている。青い芝生の上に葉が落ち、歩道と芝生の境界がつかなくなっている。ここ数日暖かい日が続き、まるで日本の秋の風情で、何となく心は満たされる思いであった。
オデオンで、イギリス映画 "Le Loup-Garou de Londres" を観る。字幕が仏語で出ていたので、お互い補って、内容はよく解った。アメリカの恐怖映画の一種で大した内容ではなかったが、話の展開は把めたので面白かった。
サン・ジェルマン・デ・プレ教会の小園のベンチに腰かけて、先日管野さんから借りた『道ありき』を読む。そこは5時に閉り、さてどうしようかと思っていると、タイミングよく神谷君や鈴木さん達がやって来た。近くのカフェに入る。彫刻家志望の青年はすぐに出て行った。神谷君はカフェには入らず、モンパルナスにあるという研究室へ出かけて行ったが、入れて貰えずに戻って来る。3人でマビヨンの学食へ。鈴木さんは神谷君とモンパルナスの研究室へ行くつもりであったようだが、僕と会ったことでそれを断念したようであった。その点、相手の気持ちを何処かで大切にしているようなところが感じられる。実に味のある人柄。彫刻家志望の青年にはどこか反撥しているようなところが見受けられた。とにかく彼等に出会って、楽しい夕食の一時を過すことができた。
帰宅して、『道ありき』を読む。仕事のないフランス生活にいくばくかの羨望を感じないでもない。佐々木さんのことをふと思ったりするが、-去る者は日々に疎し-という感じもないでもない。このまま会うことがないなら、少し淡い思い出となってぼくの心に刻みつけられることになるかも知れない。
- 11月5日(木) 曇、午後より晴れ間。 11度(夕) 9℃(夜)
- 最近少し退屈しだしたようだ。授業は依然として聞き取りが悪い。毎日同じ事の繰り返し。しかも目的が瞭然としていない。長くこの地で生活すると云うことに何か価値があるように心の何処か片隅ででも思っているのか、そうでなければ何か虚しく感ぜられる。
三浦綾子著『道ありき』読了。彼女の35歳迄の、13年間の療養生活から解放され結婚生活を始める迄の自伝。僕の20歳代に彼女の本に出会っていたらどうだっただろうか。もっと感動が深かったのではなかったか。もっと多くのものが僕の体内に浸透したのではなかったか。時間潰しに読んでいる読者の一人のようで何となく恥かしい気もする。しかし彼女の心の遍歴はよく解り、彼女がクリスチャンとして作家活動している事の意味は納得出来た。頭上に《神》を見い出し得る程に自分自身を空しくすることが僕には出来るだろうか。
この世の中には、自分の為に生きる人と、他人の為に活きる人がいる。他人の為に生きたいと思う気持は僕の中にもあるが、そんな自分が何となく恥かしくも感じられる。かと云って、僕は徹底的に自分の為に生きることが出来る男ではない。自分の醜さを凝視出来る強さがないから、このような、現在のような気分に自分を追いやってしまうのかも知れない。僕はまだ20歳代に感じた虚無感から完全に抜けきってはいないようだ。
- 11月6日(金) 快晴。日本の秋を感じる。 11℃(夕) 9℃(夜)
- 地下鉄 Porte d'Auteuil 駅を出てブローニュの森の側はやはり競馬場であった。昨日はすぐ引き返したのではっきりしなかったが――。今日は久し振りの秋晴れ。紅葉が散る風情は正に日本の秋と変りはない。風が少し冷たい感じだが、日本の秋を思い出し懐かしく思った。 La Muette の駅の近くまで森に沿って歩いた。
夜忙しく大入りとなる。今日の皆ちゃん、少し乱れていた。彼が大学へ行かなかった事情は知らないが、安藤君に対する態度を見ていると、大学生に対しては複雑な感情を抱いているようだ。西さんは僕より年齢が上なので、応対は皆ちゃんより精神的に楽なのかも知れない。しかし人それぞれ。毎日同じ感情でいられる訳はなく、時には気分の良くないこともある。2~3日前の帰る時の彼の言葉が引っ掛かっていて、以前とは少し違った感情のしこりのようなものを彼に対して持っていたのだが、しかし今日仕事が終ってそれが消えてしまったようだ。それでよい。他人のよい面を見てあげなけりゃ!
北野君の便りでは、山本君のことは知らないらしい。さて、山本君にどう言ってやればよいものやら……。
授業終了後、クラス変更の手続き。254教室は8月と同じ教室。聞き取る力は劣っているが、総合力が低いから勘が働かず聞き取れないという面もある。精進!精進!
- 11月7日(土) 曇、夕刻より晴。 9℃(夕) 7℃(夜)
- 8時には起きて勉強してと思っていたが、10時前まで眠ってしまう。8時間位眠っているが、浅いのか、午後1時間位うとうとしてしまう。身体が少しだるい感じ。精神的な張りの無さがその原因の一部でもあるようだ。
10時から洗濯。11時頃から1時間、17課のディクテを試みる。ダニエルさんの声は速いこともありよく聞き取れなかった。まだまだ道は遠い。しかし既習の課をあのように自分でディクテしてみるのもよい。
サン・ミッシェルのアラブ学食で昼食。リュク公園を横切り、マビヨンからメトロに乗り、帰る。何か物足りない。
月曜日からサントリーで3年勤めたコックさんが来るとのこと。ほっとしているのは西江さん。僕のその方がよい。別に料理人になるつもりはないのだから。
- 11月8日(日) 快晴。 5℃(夕) 3℃(夜)
- マビヨンでは誰にも遇わず。新聞(Herald Tribune)を買って、部屋で読む。
昨日と変らず。目標を見つけること!
- 11月9日(月) 快晴。 5℃(夕)
- 久し振りにアリアンスの図書室で勉強。仕事に出かける時、村山君に出会う。時間が無くちょっと立ち話程度。先日相川さんが「京子」に買物に来たと云う。イタリアへ仕事に行っていたとか。高田さんはもう既に日本へ帰って、彼女一人でまだあそこに住んでいるそうだ。何処か安い部屋に移りたいと洩らしていた云う。詳細は聞けなかった。
3年間「サントリー」でコックをしていた人、今日からキッチンに入る。浜崎さん、九州の人。2年間大阪の河内長野に住んでいたこともあるとか。
- 11月10日(火) 晴。 7℃(夕)
- 朝、学生証を主人に見せる。
図書室に管野さんが来て、『この土の器をも』-道ありきの第二部-を貸してくれる。明日モロッコへ行く友達に会う約束があるとかですぐ出て行く。
チョニジアの青年と少し話す。彼は来年結婚する予定。国にフィアンセがおり、パリで生活したいらしい。今、日本語も勉強しているとか。感じのいい青年であった。
- 11月11日(水) 朝方曇、後晴。
- 今日は63回目の終戦記念日(Armistice)。凱旋門で慰霊祭が行なわれ、7~8名の老人がミッテランから胸にバッチをつけて貰っていた。大統領がジープに乗りシャンゼ通りを上がってきたのは10時30分を過ぎていた。彼はそれほど身長は高くないようだ。165~70センチ位か。9時30分頃から11時30分頃まで立ちっぱなしで足の先が冷たくてたまらなかった。すぐその場を立ち去ることにした。式典終了後、軍人の行進があったのかどうか分らない。
サン・ミッシェルのアラブ学食へ。12時頃に着くが、開いて間もない頃だったのだろう、少し待たされたが――。食事が終って出てきた頃には学生の長い列ができていた。今日は何処も開いていないからだろう。モベールでラーメンを買って帰る。読書、『この土の器をも』読了。
夜、サン・ミッシェル界隈を散策。既に冬の夜の感じ。寒く、寂しく、一人歩く身が哀しかった。すぐ帰る。昨日管野さんが置いていったキリスト教英字新聞 "The Christian Science Monitor" を読んでいて居眠ってしまった。1時を少し過ぎてきた。
- 11月12日(木) 曇。 12℃(夕・夜)
- 前列にいつも座っている人、最初はスペイン人かなと想ったりもしたが、日本人であるようだ。ムッシュウ・ヨシキと呼ばれていた。読む方はやはりすらすらと読めていた。
浜崎君に付き添って近くの警察へ。社長に地図を描いて貰っていたからすぐ分った。しかし彼はまだ住所変更手続きはしていないので、労働許可証紛失証明は出してくれなかった。帰って来て、浜崎君が店のドアを開けようとしたが中から鍵がかかっているようで開かない。ガタガタとやっていると、社長が来て「ダメじゅないか、そんなんじゃ!」とすごく怒ったような声。しかし中に入っていくと、「どうでした?」と語調が急に柔らかになっていた。後で浜崎君は社長の態度の急変に驚いたと言っていた。浜崎君の場合は、労働省に原本があるのだから遅れても心配はない、と社長は言っていた。「サントリー」を辞める時、労働許可証は置いていって欲しいと言われ、彼はそのようにしたのだ。それを社長の忠告で、紛失したことにして再発行して貰うことになったのだった。その後、ジュンク堂で画家の白川さんに出会い、カフェで話したが、その点を彼に質問すると、日本レストラン協会が前の政権に金を積んで、そのようなことをしても大目に見て貰えるような処置を既に施してあるとのことである。
白川さんと話していると、角ちゃんが通りかかり、声をかけると入ってきた。彼は既にフランスレストランで働いているものとばかり思っていたが、立松さんに紹介して貰った店に行ってみたところ、雇うつもりはないと言われたらしい。それで今は、いろんなバイトで金を稼いで日々を食いつないでいるとか。「立松さんはハイクラスな人間で、紹介する日本人もホテルオオクラの人だとかで、見返りもある。ぼくのようなまだ腕もないロウクラスの人間はダメですよ……」と。「立松さんはもう20年もこちらに住んでいて、こちらの人間ですよ、考え方もこちらの人間と同じ。日本人的なものを期待するほうが無理ですよ……」とも。
白川さん、セジュールのことでは社長が一緒に行ってやると何回も言ってくれるので、今週の火曜日ということにしていたので、その日社長にお願いしてみると、「相手も忙しいのだし、ランデヴーを前もって取っておかないとダメだよ!」と言われたとか。今はあまり期待せず、日本に帰る準備もしていると、残念、憤懣やるかたなし、という様子。しかしまだ1ヶ月以上余裕はある。社長にはまだしかし期待しているようだ。彼の話を聞いていて、僕もあらゆる場合を想定して、よく考えておく必要がありそうだ。
- 11月13日(金) 晴後曇。 10℃(夕・夜)
- 今日のディクテはサガンの小説の中のテレビに関して述べた部分。ゆっくりと、先に難しい単語の説明をしてくれたこともあり、何とか殆ど聞き取ることが出来た。やはり満足感はある。自信をなくしてやる気を喪失するような感じにはならない。やろうという意欲が湧いてくる。本当に微妙な境界点だ。落ちこぼれていく生徒の心理状況がよく解る。
ポール・ロワイヤルの学食で昼食。リュクサンブール公園の木々の葉はもうすっかり散ってしまい、寒々とした冬枯れの寂寥感があたり一帯に張りつめていた。
公園を出てアリアンスの方へ向かう角の古本屋でギッシングの小説の仏訳、1932年刊、NÉ EN EXIL(Traduit de l'anglais par Marie CANAVAGGIA) を見つける。4フラン。マダムにフィリップの "Dans la Petite Ville" を訊いてみるが、無いと言われる。
夜10時15分頃、もう客は来ないと思っていたのに、先月一緒のクラスの生徒が友達をつれて10名でやってくる。皆ちゃんの後押しもあって彼女達に突き出しをサービスする。閉店前のことだし、他の人達に気を使って少し疲れた。鮨場では飯が少し足りないらしくカウンターの飯を使うと云う。皆ちゃんが僕に「とっつぁんに礼を言わなきゃいけないよ!」と――。そういうものの言い方には僕の神経はやはり引っかかる。それにこんなこともぶつぶつと、「こんなに遅く来て…、来るならもっと早く来ればよいのに…」――急に僕の気分は苛立ち始めた。9時過ぎからオーダーがプツンと切れていて、10時頃にマダム・クレーのオーダーが入ったところで、後片づけに執りかかった時であったのだ。しかし今落ち着いて考えると、あの突き出しは出さなくてもよかったのにとも思うが、彼女達の喜ぶ顔を見たのだから……。皆ちゃんには礼の言葉を述べておいた。10名もいたが、顔を覚えているのは先日(先週の金曜日だったか)アリアンスの門の前で出会った4名だけ。
- 11月14日(土) 晴時々曇。 10℃(夕) 9℃(夜)
- 洗濯。勉強。 Citeax の学食。サマリテーヌで燃料ガス3個買い、部屋に戻る。
夜、キッチンに3人もいると大変楽だ。浜崎君は8月に前の店を辞め、サン・ジェルマンのフランスレストランで2ヵ月間働いたらしい。
- 11月15日(日) 晴。朝方霧、エッフェル塔の先端が見えない。 6℃(夕) 3℃(夜)
- 昨夜3時半頃就寝。宿題の Réduction を仕上げる。10時半起床。
アラブ学食。管野さんを見かけるが、並んでいる間に食事を終えたらしい。
レ・アールまで歩く。フナックは閉っていた。日曜日なのだ、今日は――。家で読書。すぐ5時となる。仕事、別に変った事はなし。店を出たのは10時36分。今迄で一番早かったのではないか。9時半頃、大阪の中小企業の社長連(?)が10人位入ってくる。お互い自己紹介をしていたから、ツアー旅行の人達なのかも知れない。浜崎君は大阪弁は汚いのではなくイヤラシイ言葉だと批評した。成程、彼等の言葉を聴いていると、そんな気がする。大阪商人のイヤラシサは慥かに感じられた。
- 11月16日(月) 晴。 7℃(夕・夜)
- 先生へ便りを書く。
- 11月17日(火) 雨後曇。 9℃(夕)
- 授業が終って、階段で管野さんに出会う。『道ありき(2)』を返す。
ポール・ロワイヤルで食事。郵便局へ行き手紙を出す。フナックで "Le Petit Prince" のカセットを買う。36フラン。図書室で少し勉強して、帰宅。
何か割り切れない気持が残っている。勿論僕の口足らずであった点は大いに反省しているが、しかしあのようなことで何故浜崎君が気分を悪くしたのか、いまだに解らない。
昨日浜崎君が時間を当てたらコーヒを一杯おごると言ったので、それに乗って、時間を言うと当ってしまったのであるが、実はその10分ほど前に時計を見ていたので当てるのは案外容易であった。そのことを言うと、「それは汚い」と言い返してきたが、すべて冗談半分でのこと――。別にだからどうだと僕は思っていなかった。ただ、それをきっかけに、ゆっくりと彼と話してみたいなという気持が僕に湧き起っていた。彼に少し興味を抱いていたし、彼の口からフランス生活の感想のようなものを聞いてみたいなと思っていた。しかし、どうも彼はコーヒをおごるという事にこだわっていたような気配がある。仕事が終って帰る時、僕と一緒に出るのを彼は避けていたような節があった。
今日、石井さんと時間当てをしていた時、浜崎君がふと思い出したように「コーヒをおごらないといけない」と言うので、僕も思い出したとばかりに「あ、そうだった。貸しがあるんだったっけ」と言ってしまった。おごらしてやろうなどとは思ってもいなかった。一緒にドラッグによって話をしようと思っていたのだ。帰り、着替えていた時、彼が「コーヒを飲みに行きますか」と言うので、冗談っぽく「誰か家で待っている人がいるんだ」と返すと急に気分を悪くしたようだった。それで、まだ日にちはあるんだし君の急がない時にしようと僕は言ったが、「行きましょうよ」と何故か意地になったようにいう。僕にはその意地をかわすだけの技はなく、何だかぎこちなくなり、話も弾まないのに、ドラッグへ入って行った。そのとき時間当ての事で行くのではないとはっきり彼に言っておいてやればよかったと悔やまれる。しかし彼が気分を悪くしたのはそのことではないような気もする。何か複雑な感情が渦巻いていたのではなかったか。ドラッグでは僕はビールを注文した。彼はその代金を払おうと金を出したが、それを受け取る気は毛頭なく彼のポケットに入れた。アルジェへは荷物は持っていくのと水を向けたが、荷物はすべて処分して身軽になって行く、荷物は殆ど整理がついている、というような言葉が返ってきて後が続かなかった。二人とも殆ど喋ることなくそこを出て、別れた。普段僕は話が通じ合わない者は避けるようにしているので、あのような雰囲気をうまく打破して、なめらかな空気を入れる方法を全く知らない。不愉快で息詰るような5分間であった。――どうもうまく表現出来ていないようだ――。JASMIN の駅からここまで歩きながら、思い出しては沸上がってくる、持って行き場のない<腹立ち>を僕は扱いかねていた。
10時40分頃、相川さんから店に電話。松田さんに会ったようで、彼から僕がまだ働いているのを聞いたらしい。彼女一人でイタリアへ行って、知り合いの商社の人の事務所で働いていたと言う。高田さんはパリに残っていたが、友達が彼女のお父さんからお金と、帰って来なさいという伝言を預ってきて、二人で旅行したあと日本へ帰ったそうだ。相川さんは明後日イタリアへ出立するので、その準備で忙しく、会う暇は無いとの事。詳しい話をもっと聴いてみたかったが、電話ではそれもかなわなかった。
- 11月18日(水) 曇。
- マビヨンから帰り、メトロ ST.PLACIDE で偶然佐々木さんに会う。引っ越しで何かと忙しかったとのこと。サン・ミッシェルからオルリ空港の方へ急行で10分程行った郊外に住んでいる。来月からまたアリアンスに来ようと手続きに来た。今日はこれから近所の日本の子供にエレクトーンを教えに行くとかで、来週の水曜日に会う約束をする。
図書室に管野さんがいた。近くのカフェで話す。彼から主として統一教会の認識論を聞く。彼は学生の頃からずっと同じ道をコツコツと歩んで来たという強みがある。それに対して自分はどうなんだ……。何か急に寂しい存在のように思われて悲しかった。彼の話は体系的で説得力がある。彼の<神>は全知全能、絶対的ではなく、自ら創りあげた人間に反逆されて来た<悲しい神>であり、人間に神の存在に近づく可能性を与え、それに向って努力することを期待している神なのだ。豊かな愛を持ち、心情の豊かな人間となることを望んでいる神なのだ。その点では反撥する余地はない。最近自分のエゴの醜悪さを見せつけられているだけに、自分が小さく感じられた。
MAZET の学食へ初めて行く。大阪から来たという、増田さんとよく一緒にいた女性も来ていた。サン・ミッシェルでは管野さんの仲間が布教活動をしていた。仏語の小冊子を買う。いくらでもよいというので20フラン払う。それから近くの彼等の集会所へ行ってみる。彼等の仲間のフランス人(25歳前後か)が認識論を展開しているのを聴く(8時~10時)。聞き取りは学校の授業と同じ位。詳しいところまでは解らない。しかし、みんな友愛的な表情で歓迎してくれていたようだ。今日は良き休日であった。
- 11月19日(木) 曇。 16℃(夕) 15℃(夜)
- マビヨンで昼食を終え、サン・ジェルマンの地下鉄へ。そこで先週の金曜日に10名で食事に来たうちの2人(アメリカ男性とイギリス女性?)に出会う。笑顔で応えただけ。仏語も英語も口から出て来ない。最近特に内閉的になっているようだ。レ・アールのフナックへ。何も買わずに帰る。時間を無駄にしたようなもの。今日は寒くない。朝方も午後も暖房は入らなかった。
夜の従業員の食事に初めてフランス料理が出る。日本のおでんによく似ていた。皆ちゃんの知り合いがアルジェへ1ヵ月間行ける料理補助者を探しているとのこと。35万。1ヵ月だから、来月行って、東京銀行に振り込めば、セジュールの証明となるかも――という考えがちらっと脳裡をかすめたが、そんな勝手が許される筈はなく、実感は伴わない。
- 11月20日(金) 快晴。 16℃ 15℃
- 今はあまり将来の生活のことを考えないが、今日仕事場でちょっとしたことがあって、帰国して働かなければならない状況にある自分の姿を想ってみた。なあに、大したことではない。僕の神経の問題である部分が大きいが――。会社勤めを想像してみよ。若い上役の下で働く自分の姿を思い描いてみよ! ――もっと真剣に考えなければならない問題だ。
- 11月21日(土) 曇。 15℃ 14℃
- いつもの土曜日とたいして変らない。10時半起床。何も勉強はせず。正午近くなり、ポール・ロワイヤルへ昼食に行き、帰る。
サン・ミッシェルの本屋による。ドーデの『月曜物語』と『風車小屋便り』(15フラン、20フラン)があったが、買わず。Poche で買うことにする。
- 11月22日(日) 曇後晴。 14℃ 12℃
- 退屈な日曜日。少し倦怠感を覚える。
- 11月23日(月) 晴。 12℃(夕・夜)
- 身体がひどくだるかった。ずっとメランコリックな心的状態。朝、メトロでそばかすが印象的なアメリカ女性に出会う。こちらから言葉はかけなかった。が、彼女の方から話しかけてきて、アリアンスまで話しながら歩いたが、まったく仏語が出てこない、ほんの片言しか……。もう何ヶ月通っているのか!。使わないから身につかない。分っている。自分が情けなくなってきて、よけいにメランコリック。
ポール・ロワイヤル。図書室で久し振りに勉強。部屋に戻ると気ままがでる。この方がいい。夜、仕事をしていると身体のけだるさが少し軽減。
- 11月24日(火) 晴後曇。 9℃ 7℃
- 学校、マビヨン、部屋、仕事。 『虚空遍歴(下)』読了。
今日午後2時頃、仏人らしき男から「サクラ」へ爆弾を仕掛けたという電話があったとのこと。すぐ警察へ通報、係官が来て調べたが、何もなかったのでほっと胸をなでおろしたとか…。みんな半分は本気にしていなかったらしいが…。店に食べに来たことのある客の仕業なのか?…。社長が明日帰ってくるとか。西さん、胃の痛みを訴えていた。
- 11月25日(水) 曇。
- 図書室に入ると管野さんの姿。しばらくすると佐々木さんが入ってくる。薄く化粧してあるのに気づく。向こうは僕の髪型に気づいた様子。自分で整えたのだと言うと少し驚いた様子であった。彼女の若い頃、父親がちょっとニューヨークへ行ってくると言って近所の床屋へ出かけたなどと話していた。3人でカフェで1時間ほど話す。エレクトーンを教えてやっている相手は近くの子供さんとばかり思っていたが、そうではなく、パリで呼吸による健康法を教えている若い日本人であるとか…。何故か裏切られたような気がして、哀しかった。こもよ口籠る……か。僕は今、目標を見失った羊。苛立ちと哀しさで何かたまらない気持だ!
佐々木さんは周五郎の短編は面白く読んでくれているようで、そんな言葉を聞くだけで心は不思議となごんでいったのはどういうことだろう。
マビヨンで鈴木さんに出会う。中学を卒業して町工場で5年働き、2年間自衛隊に入隊後、大阪で2年間運送屋の車の助手をした。伊勢の田舎へ帰りブルドーザーの運転手をしばらくやった後、造船所に10年間勤める。彼は長男で、妹や弟は既に結婚している。退職金の中から3年分の金をまとめて両親に渡し、自由にしてくれと言って家を出た。絵の勉強をして世間に認められる画家になることが目標。まだ10年はかかる。コツコツ努力してやれば何とか道は開けるだろう、と言う落ち着いた語り口の中に気魄が感じられ、彼を偉いと思った。僕は大学へ行って、一体何を失ったのだ!
- 11月26日(木) 曇。 9℃ 9℃
- 今朝9時半頃ドアを敲く音。恐らく下のマダムが敲いたのだろうが、開けると一人の婦人が血相を変えて下から上ってきて6、7号室の方へ行った。急病人が出たような感じであった。下のマダムが手助けを求めて敲いたのかも知れない。
今日は EXAMEN。恐れていたほど難しくはなかった。"Le Petit Prince" に関するディクテでは何ヶ所か聞き違えやスペルのミスがあったが、何とか書き取れた。文法は容易。REDUCTION も何とか書くことが出来た。イギリスのボーマン家に滞在していた頃の猫の話を多少フィクションをまじえて書いた。
明日社長が帰ってくる。仕事終了後マダムがピザを馳走してくれる。西さんの気分、少し不安定。
- 11月27日(金) 曇時々雨。 9℃ 9℃
- 試験の結果は月曜日。少し自信を失いつつある。?。モンパルナス・フナックでドーデの "Letres de mon Moulin" を買う。9フラン60。変ったこともなく、今日も一日が終るか……。
- 11月28日(土) 雨後曇、時々晴れ間。 6℃ 6℃
- マビヨンで昼食後1階に降りると、神谷君達ボザールの連中がいた。近くの6区の区役所の2階で日本人画家展を観る。故人の藤田画伯や長谷川潔画伯、もう1人(?)の3人の先輩画家の作品も2、3点ずつ展示されてあった。その内??氏のパリの路地を描いた作品が印象的であった。その作品には神谷君も感銘を受けたようだ。光の具合が僕の心を動かしたようである。もう一度観たい気持だ。
松田さんが神谷君と同じ階に引っ越すのを手伝う。松田さんは5区の地下鉄モンジュの近くのホテルに7月から住んでいた。そこはアリアンスの紹介で月7百フラン、道路を隔てた向かい側の部屋の夫婦の愛の営みが丸見えで、悩まされてよく眠れなかったり、勉強が出来なかったり、……とか。
神谷君の部屋は正に屋根部屋という感じであるが、広さはゆったりとしていて、小さな窓からの眺めもよく、外をみていると自然に心が解き放たれるようで、いい部屋を見つけたものだと今更ながら少し羨ましい気持もなくはなかった。アリアンスのⅢのテキストがあった。次はこの教科書となるのだと思うと、試験は合格していてほしいという気持が湧いてくる。
昨夜から急に鼻先の左半分が痒みを伴って痛みだし、今日赤く腫れていて、西江さんにひやかされる。前歯の痛みからきたのかと心配したが、そうではなく、あまりに鼻くそをほじくり過ぎた為かも知れない。要注意!
- 11月29日(日) 快晴、後曇。
- 洗濯後、サン・ミッシェルのアラブ学食へ。その後、大橋君を訪ねるが不在。
ロダン美術館へ行く。ゴッホの絵画が数点あったが、殆どすべてロダンの作品。あまり大きくはなく、美術館としては鑑賞するのにちょうどよい大きさ。庭の木々はすっかり葉が落ち、冬枯れ状態。今日は風は冷たく、歩いている人はほんの数える程度。
4時過ぎに部屋に帰る。それまで暖房していたらしく、中はかなりムッとしていた。
- 11月30日(月) 曇、夜は小雨。 11℃(夜)
- イグザマンは合格。但し喋る方は劣るから、会話のクラスに入ればと先生から忠告を受ける。易しかった為か、3人を除いてすべて合格とのこと。
授業が終って階段を降りて行くと、9月のクラスが同じだった女性(先日、サバ!と声をかけてきた)と出会い、少し立ち話をする。彼女はイギリスのウェセックスから来ているとのこと。9月は言葉を交わしたことはなかったが、何となく印象に残っていた。そう言われてみると、成程イギリス人的なところがある。何となく気が合うのだろうか……。ギッシングのことは知らないようだ。アリアンスの会話のクラスは彼女によればあまりよくないとのこと。授業が既に始まっているので長く話せなかった。残念。
宝利さんは不合格。もう少しというところだったらしい。先生に対する不満を洩らしていた。明日から教科書はⅢとなる。
皆ちゃんから一言もない。何時返してくれるのか。ちょっと言ってくれればそれで気がすむのだが。もう1ヵ月、待つことにするか……。
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