番町皿屋敷 〜お菊と播磨 |
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江戸の旗本 白柄組は 喧嘩御免と 八百八町 かぶいて渡る 六方(ろっぽう)の 橋に舞い立つ 春埃(ホコリ) 花に嵐の 伊達小袖(ダテコソデ) 喧嘩商売 横紙破り 押せや押せ押せ 横車 三河生れの 片意地かけて 恋に命も 捨て小舟 井桁を嬲(ナブ)る はおやぎの おどろおどろぉ 麹町番町に お菊播磨の 思いを今に 語り伝える 皿屋敷 江戸麹町(コウジマチ)番町の旗本 七百石取りの青山播磨 二十五歳 苦み走った血気の美男その頃を 江戸でならした白柄組の一人 頭領水野十郎佐衛門の 右の 腕と 頼まれておりました 腰元のお菊十八と 互いに主従の垣根を越えて 想い想われ 播磨はお菊を またなきものと 寵愛しておりました 今日しも青山家では 夕刻より頭領水野 部下七人を連れて繰り込むというので もてなしの準備に 屋敷の中は何となくざわめき立っております 用人の 柴田十太夫 これお菊 お仙もよく聴けよ あーこれは今も申したように青山家重代のお家の宝 こちらが五枚 こちらが五枚 都合十枚揃うた高麗焼のお皿 あぁ今宵は 水野様お越しにつき 殿様格別の御心入れで この皿をもって 御もてなしをあそばす御趣向 若しも一枚でも毀したなれば御手打ち その方達の命は 無き ものと思わねばならぬ 心して 取り扱うように かしこまりました あぁあ やれやれ 今日はもう目が廻るほど忙しい えぇ それでは お皿は箱の中に納めて 粗相のないように 勝手元へ運んでおくがよい まーあぁ そのように大層なお皿 あれ お菊どの お前そこで 何を考えているのじゃ お仙どの 近頃 お殿さまにご縁談があるという噂 お前はそれを 本当とおうもいか えーえぇ本当に お家のためにも お殿様のためにも お目出度いことで御座りますなぁ えっ お殿様のためにも目出度いと あれあれ そうこう言うているうちに どうやらもう日が暮れそうな どれどれ 大事なお皿 壊さぬうちに ちゃっちゃと運んでおきましょう お菊どの お前はそこで ごゆっくり 五枚の皿を箱の中 お仙は立って勝手元 後にお菊はただ一人 胸は乱れる初恋の 縺れ縺れた青柳の糸 特に由無き 物思い 私を捨てて奥方様を そんなお殿様ではないとは思うが 男は 偽りの多い者とやら どうかして 殿さまの心の奥を 見極める工夫はないものか そうじゃ お家の宝というこのお皿 ここで わたしが割ったらどうなろう そうじゃ そうじゃ いーもうーいっそのこと 恋の闇路に踏み迷い 取る手も早く一枚の 皿を柱に 打ちつける おかーえーりー これお菊 お殿様のお帰りじゃぞ 早ようお出迎えを やっ 菊 その皿 誰が割った 何 そちが お これはこれはお帰り遊ばしませ お殿様 早速にもお出迎えをと心得ましたるところ にわかに珍事出来(シュッタイ) 珍事? 十太夫 相変わらず慌てておるではないか いいや これが慌てずにおられましょうか お殿様まずあれを あれを御覧下さりませ 十太夫 その皿 何者が割った 私が 私が割りました そちが? 定めて 粗相であろうのう あの いいえ お家重代のお宝と存じながら 菊めの不調法 この上は如何なるお仕置きを賜りましょうとも 露いささか お恨みとは存じませぬ いや いかにに粗相とはいいながら あれほど申しておいたお宝を ええい 控えい十太夫 菊の吟味は予が直々に致す 其の方は下っておれ へへっ へーへえ これ菊 近(チ)こう寄れ ここにはそちと予(ヨ)と二人 他には誰もおらぬ さぁ 粗相の次第を 有体(アリテイ)に申してみよ さあ その次第は 箱の出し入れに 誤って取り落としたか それとも 箱を運ぶ途中 物に躓き いいえ 取り落としも 躓きもいたしませぬ なにとぞ 御意のままお仕置きを 存分に 仕置きをいたせと申すのか 菊 そちゃまた 何故そのように成敗を望む 人の命は 尊いもの いかに 家重代の宝とは言え 所詮は皿一枚 愛しいそなたの 命には替えられぬぞ それでは 何のお咎めもなく お殿さま 確かめて また確かめて 確かめても 確かめ足らぬが女の常 青山播磨の胸の内 測りかねたも恋ゆえに 家宝の皿と知りながら 割ってのけたがひたむきな 男の真(マコト)ひしひしと 知る嬉しさに ひきかえて 微塵に砕けて飛び散った こあたりにしきの染め付けが 血潮に見ゆる無惨さに 皿の欠片(カケラ)が 胸を刺す お殿さま ごほうばいしゅうのお話では 小石川の叔母ごさまの御仲人で 何処やらの御屋敷から 奥方様をお迎えあそばすとか あの それは 本当で御座りましょうか うん そのような話も あるにはあった 菊 そちゃ予を 疑ごうておるのか 明け暮れ そのことばかりが心に懸かり 菊 そなたもしや 大事な皿を割り そちが大事か 皿が大事か 播磨の性根 見届けようとしたのではあるまいの お許し下さりませ 女は 心の狭い者で御座りますれば 菊 そなた先程 家宝の皿を割ったのは 粗相ではなかったと申したの はい 確かに 左様に申し上げました まこと粗相ではなかったのか はい ならば ならば何故に割った お殿さま 返答いたせ 予を疑い 予を試すために割ったと申すのか 菊 返事はどうじゃ 返事はどうじゃ 返事はどうじゃと申すのじゃ はい 仰せの通りで御座りまする 聞くより播磨は 女の襟髪ぐっと掴んでねじ伏せて 余りと言えばにっくき奴性根を据えてよっく聞け 天下の直参七百石 家に生まれた青山播磨 家来と同じ召し使い なれども主従の垣越えて 誓い堅めしそなたこそ 黄菊(キク)に優(マサ)る白菊の 香り床しき一枝を 我が家の花と眺めんと 決めた真に嘘はない 白柄組の付合いにも 廓ばかりは足ぶみせず 丹前風呂の遊びにも 女の盃手に取らず そなた一人を生き甲斐に 尽くす播磨の真実を 疑うばかりか 重代の 宝こわして試されて 武士の意気地はどこで立つ お許しくださりませ お殿様 この身に過ぎた 応護(おうご)勿体ないお言葉 お許しを お許しを 菊の 菊の心は晴れました 黙れ そちの心は晴れても 疑われ試された播磨の無念は何時までも晴れぬ あのここな 愚か者め ぱっとお菊を突き放し 右手(メテ)に刀を引き寄せた とたんに庭の切土から飛び込み来たる奴の権次 ああもし お殿さま お腹立ちは重々ご尤(モット)もではございまするが お道具は皿小鉢 菊どのは心狭き女 お許しくださりませ お許しくださりませ 権次 この通りで御座いまする 言うな 播磨が今日の無念さは そちら奴の知るところではない 人一人の命を一枚の 皿にかえるようなこの青山播磨と思うのか 菊 皿を持て 高麗焼の皿を持て ふるう手先 お菊が差し出す残りの皿 刀の鍔(ツバ)に当て 一枚 二枚 三枚 四枚 後の五枚は はい ついさっき お仙どのがお勝手へ たそおらぬか その皿はようこれへもて 一枚残らず割りつくし 播磨が土くれでこしらえた皿 惜しむでないこと知らしてくれる おお お殿さま それ程までの有り難いお心で 何故菊どの御成敗 ええい そちには解らぬ なれども 菊には 解かったはず 男の真を疑ごう女の罪が 如何なるものか 今こそ知らせてくれようぞ かたじけのう 存じます 女が 生涯に一人の男 恋に 偽りのなかったこと 知ったお菊は幸せ者 死んでも 本望で御座りまする 偽りの恋なれば 播磨はそちを斬りはせぬ 真の恋なればこそ許せん 菊 庭へ出よ 恋を命の手弱女(タオヤメ)が 死ぬも生きるも恋のため 静かに目を閉じ 手を 合わす 邪魔立て致すな ええい 離せ 離せと申すに権次 おおっ ……… 権次 菊の死骸は 井戸の中に沈めぃ ひぇええー 家重代の宝も砕いた 青山播磨が生涯の 恋も 滅びた おりしも聞ゆる鐘の音に 感慨無量の青山播磨 ふと誘われて 井戸の傍 井桁(イゲタ)に そっと手をかけて 思いは深き水の底 涙 隠して さし覗く 申し上げます 申し上げます 何事じゃ ただいま水野十郎佐衛門さま これへお越しの途中 九段坂の中ほどで 蕃随院一味の町奴どもに道を遮られ 相手は大勢 なんやかやと言いがかりを付けられまして 今にも 喧嘩に花が 咲きそ―で御座いまする 何 おのれ不埒な町奴 すっくと立った青山播磨 庭下駄脱ぎ捨て 袴の股立ち高っかく取りあげ 長押(ナゲシ)の槍をひっぱざし 門外さして出でんとする 見て驚いた十太夫 ああもしお殿さま またしても 町奴相手の喧嘩沙汰 御身分にかかわりまする お待ち お待ちくださりませ ええい離せ 離せと申すに 生涯をかけた恋を失い 失意の播磨がせめてもの生き甲斐 八百八町 江戸の巷を我が物顔の町奴に 一人残らず引導を渡して くれるのじゃ ええい 離せ 離せと申すに十太夫 十太夫を振り払い 槍を小脇に やっこ 続けとまっしぐら 九段坂まで一筋に 時は明暦元年の 弥生初めの日は八日 天に朧(オボロ)の月の影 散り爛漫の櫻花 月と花との真っ只中に 雪より白きこの世の恋を あの世に遠く葬りし 義を一徹の三河武士 青山播磨が命を懸けて 滅びし恋の弔い戦(イクサ) 槍をしごいて群がり騒ぐ 蕃随院一味の中に 暴れ込む 恋の(題して) 番町皿屋敷 【 == KING RECORDS 名人浪曲蔵出選(13) 台本より == 】 |