上梓【2009.6.6】
ありじごく


  
 受験勉強は、自己の心に或る緊張をもたらすという意味で、結果はどうあれ、いいものと思う。僕の転機をこれは作り出してくれるかも知れない。その為には、全力でぶつかることだ。



 先生を訪ねる。僕の来るのを待ってくれている。週に一度は会いに行くことにしよう。わしに弟子入りし、わしの家で勉強しろ、大学に行くことなし……と言っているような気がする。僕に作家としての才能があるとは思えない、自信もない。深い不安感に包まれるだけだ。それで、これから3ヶ月間、受験勉強に取り組んでみる。結果は問題ではない。かなり拡散してしまっている現在の自分の意識を一点に集中させる力を取り戻す為だ。肩に負った重い過去をひとまず降ろして、整頓することだ。



 兄貴と親父の口論に僕も割って入り、親父と言い合いになってしまった。大学を中退したことについて、親戚の者や近所の人達から、どうしてやめたの、惜しい…等と盛んに言われた。それについて親父は僕に対して直接に一言も愚痴はこぼさなかった。3年前、勤めを辞め受験のため図書館通いを始めた時も何も言わなかった。その父が今日の言い争いの中で、妙に僕の心に引っかかることを口からすべらせた。
「おまえはあの先生のところへ行くようになってから変わった。そいであの先生はええとはちっとも思ってないんや」
 確かこのような言葉だった。母もこのようなことを言ったことがあった。確かに僕は変わった。空恐ろしさも感じる。もし先生がいなければ耐えてゆけるだろうか。僕は永遠の孤児。家庭が何だと云うんだ!



 テレビの素浪人月影兵庫の好物はおから。先生もおからに興味を覚えたらしく、おから料理をご馳走しようと手紙にあった。今日先生を訪ねると、おから料理で僕をもてなしてくれた。
 今日は悲しかった。二人の間で言葉が交わされない間は、僕は自分の過去を思い返して、この世で一番可哀想な奴だと憐れんでいた。未来を想えば涙が出そうになり、こらえるのに苦労した。割腹自殺した三島のことが少し話題になった。どうにでもなれ!という声が僕の内部で反響していた。



 ここ三、四日、受験勉強は全く手につかない。不安の渦の中。脱け出すことは出来なかった。昨夜、床についてからどうしようもなく唸された。意識的に唸ってみたりした。声を出さずにはいられなかった。兄貴が、静かに寝ろ!と命じる。僕は一人、全くの独りぽっち。それは分かりきったことなのだ。僕の宿命がこれなのかと思うと、空恐ろしくなって身震いがする。眠れない夜はいつも架空の女性が現れて僕を慰めてくれるのだが、昨夜は誰一人として現れては来なかった。僕の孤独感は生来のものだろうか。やはり僕の道は、英文学を通じて文学の世界に入って行くしかないようだ。心をひとつにして、心をひとつにすることが大切だ。淋しくなっても家へは入るな。心を蝕まれないようにしろ。この部屋こそ僕の城。

  
 「樅の木は残った」最終回の今宵ほど感動したことはありません。姉夫婦が帰って来ていて、周囲は雑然とはしていましたが、テレビに自然と引き込まれていきました。そして非常に強い衝撃を受けました。

 原田甲斐、己を捨て、ひたすら大儀の為に耐え、生き抜いた男。敵の刃に倒れ伏し、生と死の境で喘ぎ苦しんでいる彼の表情は、現世における個としての生命を捨てた者の、己個人の欲望をかなぐり捨てた者の、底知れぬ力強さを意味しているのか、或いは人間の果敢なさを超えた果敢なさを無言のうちに訴えているのか、とにかく胸に大きく風穴をあけられたような感じでした。そこには、巨大な怪物のように押し寄せてくる幕府権力の藩取り潰し政策に抵抗しようとする、人間としての精一杯の真摯な姿があり、権力者の欲望の魔の手にもみくちゃにされ、一箇所に凝縮された苦悩の姿があることは間違いないと思います。折も折、今は70年代に突入する不安な時代、あのような光景を目の当たりに見せつけられると、益々、一個の人間の空虚さが思いやられ、現在の華やかそうに見える生活も白けてきて、その奥にどす黒い何かが渦巻いているのを発見、一瞬、心がぐらついてきそうな気がします。しかし今はこんなことも言ってはいられません。

 納屋が建て直され、その片隅に造られた部屋にドアが取りつけられたので、3日ほど前から蒲団を持ち込み、寝ています。下宿生活のようなもので、なるべく弧絶するように努めています。ここ数日頭の働きも快調で、いい傾向だと思っています。数学も何のこだわりもなくできそうです。受けるからには合格の可能性をもって受けたいもの、結果はどうでようと……。

 再度受験するということは、文学の世界を前にして、肌合いの悪さを起こさせる感情を払拭する為です。今はもう妙なコンプレックスに悩まされなくなりました。悩み疲れ、とでもいいますか、案外それが当っているかも知れません。これは僕にとって大きな精神的解放を意味します。その気になってやればぼくにだってやれるんだという気持も湧いてきました。勿論、言っておきますが、作家を目標にするなどという妄想に取り憑かれたというのではありません。いくらなんでも自分の才能はおおよそ自分で判断がつきますから。

 今はもう何にも考えないで、ひたすら勉強することにします。新しいもの、自分がこれまで知らなかったものを知る歓び、忘れて久しゅうなりますが、この歓びが再び僕に戻ってきたような気もする今日この頃です。

  
僕はこの鳥を不連続鳥と呼ぼう

おお!鳥よ 寒い北風に声帯は凍結し 鳴くにも鳴けず ただ梢から梢へと 或いは灰白色の空へ一つの黒点を不連続的に落下させることにより おお!鳥よ おまえはかろうじて鳥としてのおまえの生存を認めさせているのか!

おまえのその哀れな姿を眺めていると 鳥よ 僕のこのあたたかい部屋に入れ 「さぁ昔のように美しい声で愉快な歌を聞かせておくれ」と言ってみたい―とは決して思わないのだ! すべて徒労に帰す! 虚しい!

鳥よ 悪く思うな! 僕の右の瞳は慈愛の泪に潤みはしているけれど 左の眼は冷酷な光を放射しているのだ! 泪は群から離れた鳥よ! おまえにとって無意味に等しく 結局 北風が鳥よ! おまえを殺してしまうか ああ鳥よ! おまえはそれに耐えられるか 二つに一つ それ以外には決してないのだ!

僕はこの部屋に慥かに存在すると思われる小宇宙を 自らの忍耐力と想像力によって拡大しなければならない 孤独が僕をこの世界から追放し テレビの前で 僕の近親憎悪がまた僕をこの部屋に帰らせる こんな悪循環は即座に断ち切らなければならない!

僕は自らの意志により一つの回路を切断する するとそこに僕の孤独がある! 眼を閉じてはいけない! 凝視し続けろ! 冬の風景の中で僕は僕の孤独を完全に涸渇させなければならない 僕は僕の孤独が僕の眼前に現れ出でた時 僕はグッと下腹をこらえ 両眼を大きく見開いて この魔物を徹底的に凝視め倒さなければならない これこそ僕が採るべき絶対命題だ! 孤独の出現により意識の集中を!

鳥よ 哀れな姿の不連続鳥よ! 「僕の現在の魂の最大の苦悩は 当初の あの頃だ! 知識欲を生活苦により極限極まりない形態で抑えつけられていた少年が ふとした機会に未知の とても難解と思われる完全なる世界に遭遇した時に感じる欣喜雀躍とした魂の純な震えは もはやこの僕には戻ってこないのだと絶望的に懊悩する精神の暗澹たる淵に息絶えざえに存在しているのだ」と僕は言わない! そこからは何も生まれはしないのだから!

しかし鳥よ 僕の大好きな不連続鳥よ!
僕の祈る声が聞こえるだろうか……
……どうかこの小鳥だけは 北風よ……
……どうかこのけなげに飛ぶ 小鳥だけは……

  
次にわたしの孤独が質を変えたことを告白せざるを得ない
且てわたしにとって孤独とはひとびとへの善意とそれを逆行させようとする反作用との別名に外ならなかった
けれどあの部屋はわたし自身の質を変えさせた
わたしは自らの隔離を自明の前提として生存の条件を考えるように習わされた
だから孤独とは喜怒哀楽のような言わば人間の一次感覚とも言うべきものの喪失のうえに成立つ
わたし自らの生存そのものに外ならなかった
                     = 吉本隆明 =
 ここで述べている孤独、彼の孤独とは、人間の一次感覚の喪失のうえに成立する孤独、生存即孤独、孤独即生存、を意味している。彼の考えによれば、人間の喜・怒・哀・楽とは、あたかも人形使いが操る人形のように、上に位する孤独から糸が降りて来て、その糸によって動かされるもの、即ち無意識的な孤独によって操られるものである。従って彼の初期の段階における孤独とは、孤独であるが故に人々に善を為し、その反作用である善意の逆行により自らの孤独を充たそうとするものであった。従って当然、善意が返ってくると喜び、楽しくなるが、善意が報われないと怒り、哀しくなるのである。愛する故に憎むという、矛盾したことが生じるのである。彼はこうした悪循環を断ち切ろうと努力した。その間、血を吐くような苦悩を経験したに違いない。そうした長い間の悪戦苦闘の末、やっと人間の一次感覚の喪失後に現れる孤独に辿りついた訳だ。そこでは、孤独が生存そのものを意味する。自らを人々から隔離することは自明の前提となる。

 僕はどうか?……僕は人々から自らを隔離出来ずにいる。僕は少女に善意を行った。その逆行がない。何の反応もない。そのことを嘆き悲しんでいる。こんな自分を哀れんでいる。きっといつか、返ってくると思って、内心期待している。自らの冷え冷えとした孤独を真に凝視できずにいるからだ。自らの孤独を見つめる眼を持つことが如何に難しいことか、強靭な魂を所有するには道は遥かに遠いか、思い知らされている。

  
           1971年1月1日
 先生は詩人なのだ。詩人が詩人としての生命を維持した状態で老年を迎えるとは何を意味するのかという認識が僕には不足していたのだ。

 僕があのような手紙(もう少し手を加え言葉の選び方を効果的にすれば散文詩になると評された、不連続鳥のことを述べた手紙)を書いたのも、自己の生存の不安が原因であった。自分の不安感を何とかしなければと思い心を集中させた時、黒点のように飛ぶ小鳥のイメージが湧き上がってきたのであった。先生のあまりにも自然とした矛盾を目の当たりにしたことで、僕の生存の不安ヶ池が波立ち始めた。そのことと不連続鳥の黒点のイメージとは無関係ではあり得なかった。それが僕の心を6月の出来事、先生に泪を見せたあの出来事を痛々しく追想させ、それを僕の頭の何処に位置付ければよいのか分らないでいる焦燥感につながり、不安を高めたことは間違いない。

 先生は詩人なのだ。詩人に理性の論理性を問いただしても無意味に等しい。優れた詩人であるならば、心情の論理があるに違いないのだから……。

 昨年の11月にもらった手紙に、「年賀状は全然書かない主義で今后通そうと思っています。はたしてどの程度可能か。之は意志だけでは通じない根づよい俗世間的習慣への健気な抵抗力が必要だが。それで君も私あてには賀状は出さないように」とあった。先生はある日近くの郵便局に入ると、主婦が二人どっかりと場所を陣取り賀状用のスタンプをせっせと押印している、その態度が余りに傍若無人に見えたのであろう、話す先生の口吻には批判の域を超えた憎悪の情がにじみ出ているように思われた。この話と手紙の文面とは無関係ではあり得ないと思われた。ところが先月の20日頃だったが、偶然天王寺で先生と遭った。賀状のスタンプを買いに出てきたと聞いた時、あれ!変だぞ――あの手紙の内容と……と感じた。いちいち書くのが邪魔くさいからと言っていた。一昨日訪ねた時、先生はスタンプを使わず、筆で書いていた。それを見せてもらった。「年賀状はやはり元旦に書かないといけない。年も明けてないのに、謹賀新年、なんて矛盾しているよ」と言っていた。僕は何となく嬉しかった。

 先生は詩人なのだ。まがうかたなく詩人なのだ。外界の事象に鋭い反応を示す資質を有する人をそう定義するならば――。僕は先生の矛盾を強く見せつけられた思いだった。しかし、人間とは本来矛盾の権化なのだ。何をいまさら驚くことがあろうか! 老いると云うことは、自己の内部矛盾を凝視する眼を鈍くするものなのか、それとも鋭くするものなのか。いつか、先生は「君はまだ世間知というものにはうとい」と言っていた。世間知とは自己の内部矛盾を正当化する智恵なのか。詩人が生き続けるということは、身を刺すように痛切なものなのか、とつくづく思う。これからは、先生の矛盾は矛盾として僕は受け入れられると思う。この言葉は、僕が先生から吸収するものと、そうでないものとを区別する自信を意味する。このことを明確に心に刻みつけておこう。

 先生と僕の関係は決して、男女間におけるような対幻想的関係ではなかった。教える者と教えられる者、両者の個人幻想が激しくぶつかり合い、作用し合い、何か或る特殊な在り方(今の僕には分らない)を保持しながら、向上を志向して行く中に教育という場が形成されるのだ。

 僕は先生からいろんな影響を受けた。先生が現在の僕を創ったのだ。先生なしでは今日の僕はない。僕の内部にこびりついている古い伝統意識に、西洋近代意識の光線を当てる為には、先生の言葉(時には受け入れるのに苦しいものもあった)は無くてはならないものだった。僕と先生の関係はこれからも健在なのだ。

 さて、賀状のことだが――。元旦でないのに元旦と書くのはどう考えてもおかしい。おかしなものはおかしいと言おう。厭なものは厭と言おう。ここに僕の精神の解放がある。僕は作家を自分の職業としない。目指さない。作家としての才能は僕には無いとはっきり言える。勿論僕にだって、長い人生、その気になれば一つや二つの作品は書けるかもしれない。しかし、作家を職業にする気持にはなれない。僕には、つつましくてもよい、温かい平和な家庭を築きたいという気持が依然とて脈打っている。

 僕はこれから、賀状は1月1日に書くことにしよう。賀状には賀状の良さがあり、これは将来もなくなりはしないだろう。問題なのは賀状を書く人の心なのだ。先生の魂に鋭敏に触れたのも、やはり書き手の汚い心なのだ。先生は詩人として、詩人らしく反応を示したのであって、それだけのことだ。他に云々することは間違っている。

 僕の生徒からの賀状にはこんなことが書いてある。「また先生といっしょに勉強したいと思っています。どうぞ先生にとってよい正月をすごしてください。そして大学の入試試験に合格してください」

 僕は頑張ろう! 僕の将来の目標は決定した。英文学を専攻する。一生文学畑を彷徨するんだ。昨年の苦悩は僕に素晴らしい贈り物をしてくれた。この決意が堅固であるならば、何を恐れることがあろうか!

  
 みじめな自分から逃れる為にはどうすればよいか?……しかし、明確に言えることは、みじめな自分を自覚しても、余計にみじめになるだけである。

 今の僕は苦悩の中で遊んではいけない。過去を考えるな! 未来をも考えるな! ただひたすら、現在を馬鹿に生きろ! 現実の過酷な関門は愚者にだけしか開かれないのだ。

 とにかく、1月中に、日本史、世界史、物理の3科目は何とかしてめどをつけたい。
 もう、がむしゃらに頑張るしかないのだ!

 古い伝統意識から完全に脱却できるだけの堅固な自我の創出を、僕は今目指しているのだ。僕は自分の上昇性を意味するパトスをもっと強いもの、熱いものにしなければならない。僕はこれを肯定する。僕が将来、どのような人物になろうとも、これを否定するわけにはいかない。文学をやるにしても、また他の何かをやるにしても、これを肯定することが、僕を人間たらしめる前提なのだ。何故ならば、もしこれを僕が疑えば、僕の自我はもろくも崩れ落ちるであろうから。



 11時起床。今日より昼型に変えようとしたが、失敗。残念。

 近鉄で『今昔物語』を買い、その足で先生を訪ねる。近鉄矢田駅のすぐ近くにある、例のおから屋のあたりで奥さんに出会う。昨夜から来ているとのこと。

 今日の僕は先生の言葉に清々しい興奮を感じた。僕の精神がこれほど高揚したことがかつてあっただろうか! 中学時代のあの忌わしい、固定されてしまった記憶を二つ、先生におもわず語っていた。何か自信のようなものを感じた。僕も生きることができるんだという実感――僕は嬉しかった。歓喜の叫びを声帯が張り裂けんばかりにあげたい位だった。

 僕は今、過去の僕にまつわりついた種々の条件の作用により、この哀れな姿を晒している。これからもやはり僕にこびりつくであろう未知なる条件により、僕は大した人物にはなれないだろう。しかし僕はそれをなんとも思わない。それに振り回されない自信が徐々に生れつつあるように思う。

 今日の先生は、中野好夫氏を非常に称賛していた。彼は助教授から教授に昇格する時、自分は大学の教授では妻子を養っていけないから、これを辞退し、自ら身を引いて、これからは評論家としてやって行くつもりだと堂々と言い、大学を退いたそうである。新聞にも載ったそうだ。――不義にして富み且つ貴きは、我において浮雲の如し――実に名言。

 英文学を勉強する者は、必ず一度は外国へ行かねばならない、と強く鼓舞された。僕は外国へ行く。K先輩が見本を示してくれたではないか。僕のパトスは上昇性を意味するのだ。

  
 ここ1週間程の心の平安はまやかしであった。僕は悲しくてならない。何が何だか分らないのだ。僕はこれからどうなってゆくのだろう……。

 葉書が届いたのは昨日、13日だった。消印が9日となっているのに、どうしたというのだ。先生は僕を待っていたのだ。何故昨日すぐに行かなかったのだ。本当に昨日届いたのだ。しかし、先生は、僕が嘘を言っているのではないかと内心疑っているのではないだろうか……。先生はどんな思いで僕を待ってくれていたのだろうか? 僕がまだ年賀状の件についてこだわっていると思っているのだろうか……。

 先生はおそらく僕が葉書で知らせてくるだろうと待っていたに違いないのだが、Nの住所をついに僕は知らさなかった。知らそうか、……知らさなければ、……知らそうと思った。しかし僕には出来なかった。何故だ! 何をこだわっていたのだ。先生は、TさんにNによろしく言ってくれるように頼んだらしいことを、それに例の名前なしの賀状は、僕でないのだから、Nであることが判明したことをも、僕の心の動きに細心の注意をはらいながら聞かすように言った。僕にはそのように思えたのだ。

 先生は、これはK君から、これは誰それから……と、賀状を見せてくれる。僕は差し出された賀状を見ていて、何故か自分が哀しくて仕方がなかった。泪さえにじみ出た。僕はそれを懸命に隠そうとした。自分がみんなからはずれてしまって、一人淋しくて哀れでならなかった。

 何故、僕はNの住所を先生に知らさなかったのか。先生の気持をよく知っていながら。僕はこれに触れるのが恐ろしい気がする。しかし、はっきりさせないと、僕はこれからずっと、訳の分らない苦しみに悩まされ続けるだろう……。

 先生はアメリカのK先輩への手紙に僕のことを書いたのだそうだ。どのように書いたのかは知らないが、僕がK先輩を頼ってアメリカ行きを言い出すかも知れない、その可能性を考慮してくれているのかもしれない。それなのにこの僕は何を思っていたのか。僕は自分の過去のことばかりを思い、目は未来に向いてはいないのだ。

 今日で四度目。天王寺公園内で「兄ちゃん、仕事いらんか」と声をかけられた。今日は別段屈辱を感じたわけではなかった。自分というのは、浪人とは見られないらしいですね、と笑って先生に話せるだろうと思っていたが、そんな話しが出来る気分には到底なれなかった。

 僕の頭は混乱して纏まりがつかない。僕は先生に憎しみを感じているのだろうか。しかし、僕は先生を師として敬っているではないか。僕は先生に師以上のものを感じているではないか。先生のためなら自分はどうでもという気持があるではないか。それなのに僕は先生に憎しみを抱いているというのか?……いやいや、この憎しみは僕の社会に対する、高校の時の教師に対する憎しみが転化されたものなのだ。そんなこと位、僕だって分かる。しかしそれでは、そのように転化させているものは何によるのだろうか。

 今は受験どころではない。大学はすべる。間違いない。しかし僕はそれを承知で受験する。これは必然なのか、そうならば仕方がないという僕の積極的な破滅への意志によるのか。大学は間違いなくすべる。この過程において、自分がどれだけ耐えられるか、自分がどれ程卑小な醜態を晒すか、僕は自分の姿をはっきりと見定めなければならない。この過程において自分の精神を強靱なものにしたいという願望も秘められている。また自分の純粋な魂をどれだけ守れるか。僕の人性上の問題がいくつも隠されているのだ。

  
 僕の生徒から手紙が届いた。<……期末テストはあまりよくありませんでしたが、ぼくはくじけずに先生をたよらずに自分の力で頑張っていきます。そして学校の友人たちと互いにたすけ合って勉強をやっていってみます。だから先生はぼくのことなどきにせずに大学の入学試験に『ぜったい』合格してください。……>とあった。

 自分に「バカヤロー!」と怒鳴りたい気持だ。僕は何かに甘えていたのだ。甘ったれるのもいい加減にしろ!

 僕は頑張らなければならない。彼の純真な心に応える為にも。少年は純真なのだ。僕は22歳にもなって拗ねていたのだ。社会にも、先生にも、自分自身にも。漠然とした不安感に包まれているかぎり、自分を落下させるしかないのだ。どろっとしたその膜から早く抜け出して、自分の信じられるものを大切にしなければならない。僕はこれまで自分の心の奥の奥を執拗なまでに覗きこみ、そこから醜いものばかりをすくい上げようとしてきたのだ。僕は何と醜い心の持ち主なんだろう……。

 文面から伝わってくる彼の素直な心に触れて、僕は本当に嬉しかった。当否は二の次。僕は彼の純真な心に応えて頑張らなければ、人間じゃない。

 今までの僕は愚かだった。これからずっと、自分の愚かさを凝視し続けていこう。自分の愚かさに気付いたとしてもすぐに賢くなれる訳ではない。要は、自分の<愚>を見つめる眼を養うことなのだ。人間は矛盾の権化、然らば、矛盾をしっかり見据え、自己の矛盾に如何に自分が対処していくか、その方法が問題なのだ。
 今までの僕は本当に愚かであった。恥かしく思う。

  
 昨日は受験勉強は全くしなかった。吉本隆明の作家論を2時頃まで読んでいた。目が覚めて、今、寝たままでこれを書いている。

 僕の思考の型は、これが僕の消極性の主たる原因なんだろうが、自らAを志向すると必ずアンチAがあらわれ、そのアンチAが行動を鈍らせる。僕は小さい頃からずっと分裂病者だったのだ。

 今、何故Nの住所を先生に知らせなかったのかと考えている。この問題を片付けて、先生と僕の間に生じている心のしこりを解消しなければ、勉強など全く手につかない。

 僕が先生の気持を察して、Nの住所を調べた時、僕の心に去来したものは何であったか。Nは先生にあまり良い印象を与えていない。とすれば、書くにしても先生はおそらくあまりいい気持で書くことにはならないだろう。僕が先生に彼の住所を知らせるということは、先生に僕が不快な作業を強いるということを意味するのだ。ばかな! そんな先生ではない。ああ、先生の気持を解っている僕なのに、どうして知らせなかったのだ。ただそれだけであったのだろうか。

 昨年の暮れ、Nが27日の日曜日に先生を訪ねないかと電話してきた時、僕は彼に、年賀状は出さないことにしたから君も僕に出さないでくれと言った。その時の僕は、先生の言うように賀状廃止を実践するつもりでいた。このことがどういう風に絡んでいたのだろうか。

 賀状は出さないことに決めていた僕が、元旦、届いた賀状を見て、特に僕の生徒の賀状に心を動かされた。貰ったままにしておく訳にはいかない。返事を出すのが当然なすべきこと。自分は賀状廃止論者だとは書けず、賀状は元旦に書くことにしたので悪しからず、と書いて出した。5日に先生を訪ねた時、このことをはっきり宣言していたならば、心も落ち着き、感情のしこりも緩和されていたであろう。彼の住所を知らせることに、あんなにまでこだわらずにすんだのではなかったかと思う。

           … … … … … … …

 言おうと思っていたことをどれだけいえたか……。はじめ思っていたことをうまく言えず、いつものように口籠ったりしたが、心のもやもやをなんとか打ち明けた。君はあまりにも気にかけすぎると言われた。先生はいつも優しい。僕の心は徐々に落ち着きを取り戻していった。

           … … … … … … …

 今日で確か五度目のように思う。先生の心は、はがゆく苛立ち、悲しそうだった。先生は烈しく現在の大学制度を批判する心の奥に僕は何を見ていたのか。僕の未来は大学以外の場に見いだすべきなのだ。しかし僕の心は大学にこだわっている。先生はたいそう落胆されたことだろう。結局僕の決心が問題なのだ。僕は心を決めなければならない。いや、心は決まっているのだ。しかし曖昧にしようとする気持ちが今もなお僕の心の中に存在しており、僕はそれに決然と立ち向かえないでいるのだ。僕の心は決まっている。それなのにあれやこれやと、優柔不断の薄い雲のような心をふわふわ漂わせている。僕は先生にあまりに接近しすぎてかえってよけいに、何かある安心感がある為なのか甘えによるのか、心を決められずにいるのだ。いや、まだ自分の才能云々を問題にしているのか。それとも急に燃え上がらない自分を意識する故に、かえって青年らしく反応出来ないのか。

 ――お前、よく考えてみろ。お前の道は、どう考えても英文学以外にはないぞ。先生のお前に注いでくれる温かい愛情と期待を振り切って、お前は人間としてお前自身を立たせることが出来るのか。答えは明らかだ。先生がどういう気持でお前に辞書を与えてくださったと思っているのか。お前は将来何になるにしろ、まず、先生の塾の門を敲くべきだ。お前は先生の気持をよく思い直してみろ――

 10 
 僕は自分の将来の道を選択しなければならない時期に直面している。今、僕の心は恐ろしく平静なのだ。本当なのか、波乱万丈の人生の幕が上がる前の静けさなのか、動揺からまた新たな動揺へと転換する一瞬の心の凪ではないのか、少し不安な気もする。

 よく考えてみろ、お前は平々凡々としたサラリーマン生活に満足出来るのか、―出来ない。以前だったら、そのことを想像しただけで凄く不安になった。しかし、今は不思議と何も感じない。これはどのように解釈すればいいのだろうか。一般人の生活感情まで僕の心が降下した為であろうか。いや、そうではあるまい。この平静さは、僕には英語を勉強するしかないという確かな確信がそうさせているのだと思う。それならば、再度受験するというのは一体何の意味があるのだ! いつも迂回ばかりしている僕、そうならざるを得なかった僕。この僕が今さら一般人と同じ道を歩んだとて、またそうしようと努力したとて、僕には全く血となり肉にはならないのではあるまいか。これまで迂回ばかりしてきたのだし、迂回した人生を送る方が僕らしいのでないか! 日本の大学の本質は、一昨年の大学紛争を通じて僕なりに見てきたではないか!

 広く世界を眺めながら勉強する、例えば、アメリカの大学で英文学を勉強する。素晴らしいではないか。要は、僕が本当に文学の道を歩む覚悟があるかどうかなのだ。文学は個人の個性の表現。僕の心の中に純粋な心、正義を求める心、真実を求める心、美を求める心などがあれば、そしてそれらを現実の中で実現しようとすれば自然と文学が生まれるのだ。いつも妥協的になる心を排する高い心があれば、それを持ち続けようとする強い心さえあれば、文学は自ずとその姿を現してくるものなのではないか。はたしてこの僕が現実の中を生き抜いていくことが出来るのだろうか。恐らく醜悪なものを見らざるを得ないだろう。僕のか細い神経は乱れた響きを放つだろう。そこで悔恨してもはじまらないのだ。いやいや、観点を変えよう。僕には青春があったか、―否。それでは失われた青春を取り戻そうではないか。渡米する。自分を試してみる。残り少ない青春を大いに謳歌するのだ。自分を異国の地に賭けてみようではないか!

 現在のこの静けさは、人生の荒海に向かって正に漕ぎいでんとする前の精神の厳かな凪だと僕は信ずる。



 高校時代お同じクラスだった友に偶然に出会い、喫茶店で語り合う。4年ぶりの再会。

 何だか今日は夢のようだ。こんなことが起り得るのであろうか…。彼の筆跡が夢でないことを僕に教える。そうだ、そうなんだ、これは本当のことなんだ。僕は家に着くなり、じっとしておれず、今日は1月19日であることを夕刊で確認した後、家を飛び出し、遊園地をぬけ、大阪湾を見渡せる地に立った。何も植えていない田んぼの中で約1時間も、寝転がって星を眺め、起き上ってはぶらぶら歩き、立ち止っては、頑張るぞ!俺はやるぞ!と何回も何回も心の中で怒鳴った。アメリカの大学で血の出るような勉強、その後ヨーロッパ各地を彷徨する自分の姿を大きく夢想していた。そんな自分を半ば不思議に思いながらも――。

 1976年1月19日、僕たちは再会する。それ迄は、住所の変更以外一切手紙のやり取りはしないし、会いもしない。5年後の今日、お互いの変貌ぶりを披露し合うことを彼の右手と僕の右手で固く約束し、再会を誓い合って別れた。彼は彼の立てた目標に向って努力するだろう。僕は僕で、僕の目標を目指して頑張るだろう。5年後にお互いが誇りを持って再開出来るように――。

 彼の目標は自分の店を持つこと。利害という関係によって人を使うのではなく、人間と人間、心を割った繋がりの中で人間関係が結べるような主人となり、商売をしていくことが彼の理想なのだ。彼の第一の人生の指針は、名を残すこと、即ち、死んで周囲の人から惜しまれるような人間になることなのだ。

 僕たちはい大いに意気投合した。何がそうさせたか。思うに、世間一般の、普通のありふれた生き方を激しく拒否する、そうして生きようとするひたすらに真剣な態度がお互いをひきつけあったようだ。僕たちの受けた高校教育…、僕の過去の問題の一部は、彼の問題でもあったようだ。しかし、過去は考えない。あるのは未来だけだと誓い合った。
 明日僕は先生の塾の門を敲くつもりだ。



 僕は先生に何を話したか……。外国へ行く、どうとかこうとか――。変な感じだった。うまく言葉が出なかった。僕は曖昧にした。一瞬、自分が何を話そうとしているのか分らなくなってしまった。その時、悟った。僕の考えは何と浅く脆いのだろう……と。今の僕は足が地に着いていない。自分がみじめで、そんな自分が可笑しくなってきた。先生の顔を見ると、微笑している。以前のようなやりきれなさは感じなかった。先生は「自分の才能に自信を持たなければいけない。いくら立派な宝石でも磨かなければ光らない。君の才能を信じている」と言った。先生は僕の真意を見抜いていたかどうか。お互いに笑いながら別れたが、………。

 自分が腹立たしくなってくる。自分は一体何処にいるというのか。あちらへゆらゆら、こちらへゆらゆら、常に右往左往している根無し草のふわついた僕の心など、先生は把みようがなかったに違いない。僕は一体何を求めているのか。僕の生き延びる世界はあるのか。今、僕には何が一番問題なのか。何が僕の心を冷やしてしまうのか。自己の才能に対する猜疑心か、伝統意識による内閉性なのか、将来の生活上の不安なのか、孤独に対する恐れなのか……。こんな哀れでみじめな自分から一刻も早く脱出したい。
 とにかく今は何も考えるな! 受験に突進せよ!

 11 
 あの写真屋には腹が立った。22日の朝には出来上がっていると言っていたので、11時頃行ってみると、主人は留守だと言う。写真はまだ出来上がっていなかったのだ。仕方がないので2時間後にまた出かけて行った。責任の持てない日付なら書かない方がいいじゃありませんかと強く言ってやった。それで幾分気分が楽になった。自分が間違っていないと思えることは、何でも思い切って言わないといけない。言えないで心の中にしまっていると、毒素が充満することになり、精神衛生上よくないのだ。

 先生の時事放談を聴いていると全く圧倒されてしまい、僕の気の弱さなのか、性質の悪さなのか、自分が責め立てられているような錯覚に陥ってしまうことがこれ迄何回かあったが、こんなことではいけないと思う。これは僕の知性の問題なのだ。知性が低いから変な感情に支配されてしまうのだ。自分独自の確かな考えは今の僕は何も持っていない。

 今日の先生は烈しかった。現在の社会風俗から、教育問題、政治問題、三島事件にからめての憲法問題等々に痛烈な批判をあびせていた。教育については、制度と教師の倫理観と学力、これら三つが三位一体となってそろわなければよい教育は出来ないというところなど、全くそうだと思わず拍手を送りたい気持になった。先生は三島事件から特に憲法問題を引き出しているようだ。「民主主義は現在の国民の知性から判断して健全には育たない。現憲法の精神を生かすにはまだ国民の知的水準がそこまで到達していない。それで何十年後には現憲法に戻すという前提のもとに、憲法を改正しなければならない。何かと云うとすぐ人権擁護委員会がどうのと口を出す。現在の日本は、全く低俗なヤンキーズムで充ち満ちているね。正に放蕩息子に金を持たしたようなものだ、勿論精神的にはね。そういう意味でわしは憲法改正論者だ」と言っていた。先生の憲法改正論は以前にも何度か聞いたことがあるが、今日は特に激烈であった。

 先生の厳しい批判の口調も最後になるにしたがい次第に緩やかになっていった。先生は日本に絶望しているのだ。憂国の士であるが同時に諦観も有している。結局、自分の大切なものを守るために殻の中へ閉じ籠もってしまうのだ。しかし、現在の社会風俗は先生にとって耐え切れないようだ。先生の批判の鋭利さは現実の耐え難さを測る尺度とも言える。

 僕はすぐいとまごいをするつもりであったが、なかなか言い出せなかった。話が一段落すると先生は紅茶を入れてくれた。もうすぐ夕食時だ。今日は豆腐屋は休みらしく戸が閉まっていたよと言ったとき、僕はすかさず、今日はすぐ帰ります、勉強しなければいけませんから……と返した。僕の気持としては、2時頃から用もないのに押しかけて、遅く迄いることに何か言い様のない苦痛を感じるのだ。先生はきっと、君は気にかけすぎる、そんなことちっとも気にかけていないよとおっしゃるに違いないのだが…。

 帰る時、眼と眼で話をした。・・・先生の親切な申し出を拒否して、自分でも否定している大学教育を再度受ける為に僕は勉強しています。先生という立派な教えを乞える人がそこにいながら、僕は先生を無視している。こんな僕を許して下さい。僕は今、自分が解らないのです。心の底を探れば、自分に対する自信喪失が原因なのかも知れません。このままでは僕は、巷の片隅で飢え死にする哀れな一人の浮浪者になってしまうかも知れないという恐ろしい不安感を抱いているのです。昨夜も、床に就くや、これに襲われ、どうしようもなかったのです。それなのに僕は先生に心を開かず、素直になれないで、十中八九合格出来ないと恐々としながら毎日を過ごしているのです。先生からご覧になれば、僕など笑い飛ばして目も触れたくないような型の男なのでしょう。打てど響かない、見ているだけで苛々してくる男なのでしょう。しかし、僕は自分で自分を扱いかねているのです。どうか宥して下さい・・・と目で訴えたつもりだが、先生は何と思っていたのだろうか…。僕がドアを出た時、先生は「まあ、頑張ってやりなさい。すべったっていいじゃないか」と言われた。

 帰りの電車の中で、よし、頑張ろう、血を吐く覚悟でやってみようと思っていた。試験が終わった後、昨年一年間の日記を読み返して「或る愚か者の手記」という形で纏めてみよう。その人物は結局自殺してしまうのだ。僕はそれをひっさげて先生に教えを乞おう。古い自己は死ぬのだ。それからの僕は新しい人生を歩むのだ。そんなことを思っていた時の僕の心は頗る純真であった。その思いに心が慰められるようであった。

 しかし、電車を降りて、自転車をこいでいた時の僕の思いは何であったか。先生は「電気科の生徒はみんな裏と表がある」と言った。この言葉は、先生が一昨年電気科の生徒を教えていた頃のことを追想した話の中に出てきたのであるが、僕には妙にその言葉だけが脳裡にこびり付いていた。僕は今迄に先生にそういう態度を見せただろうか。不安になってきた。先生は僕などもう見捨ててしまっているのではないだろうか……。不安だ。僕は生きられない。ああ、やりきれない。どうしよう。いや、もしそうだったとしてもまだ生きられる。何処か遠いところ、北海道の牧場へでも逃げようか。そうだ、そうしよう。少し心が安らいだ。

 しかしよく考えてみると、僕には裏と表があるんだ。心は屈折していて素直でない。「ドデスカデン」を観に行ったことは先日先生に話したが、昨年の十二月、何回も会っているのにその話はしなかった。しかしそのことよりも、大学に入学した年の夏休みのことが気にかかっている。その夏先生を訪ねた時、いつか一緒に野球観戦に行こうと誘われたが、結局僕はその夏休み期間中、先生を訪ねることはしなかった。先生と一緒に行けば、先生が料金を出してくれるだろう。であるから僕から行きましょうとは言えないのだ。全く素直じゃない、変な性格なのだ。先生はこんな僕の気持は解ってくれるだろうか。

 このようにこんな文章を書いていて、僕の気持はあの悪魔から救われたようだ。今の僕の気持は正常である。先生は別に僕を見限ったわけではないのだ。「君の才能を信じる」と、一昨日も言ってくれた。僕は先生を信じよう。信頼から新しいものが生まれるのだ。頑張って先生をアッと言わせてやろう。絶対に合格するんだ。

 12 
 僕は逃げることばかり考えている。受験に失敗したら、自分の能力はこれだけだと見限り、平凡な生活者として平和な家庭を築き一生を送る。そんなことを夢想すれば心は不思議と落ち着く。勿論、厳しい現実から受ける疎外感やむごたらしい孤独感に目を覆ってのことだが……。

 こんな時、中学時代の友情が思い浮かぶ。転校してきた彼に対して抱いたあの感覚、甘美さを伴ったあの不思議な感覚を味わった自分の姿が目の前に現れてくる。その頃、未来は僕の掌中にあった。雲の切れ間に顔を覗かせる青空に、心雀躍とした。友情のこと、将来のこと、それに異性に対する淡い感情もあった。未知なるものに対する大いなる期待と憧れがあった。広い世界をもっとよく知りたい、日本は、世界は、何故世の中はこんなにも苦しいことがたくさんあるのだろうか、学問とは一体どういうものであろうか、高校へ行ってもっと勉強したい、等々―。彼とだったら何でも話せるように思われた。彼は僕の心の支えであった。彼に新しい友人ができたら、僕はどうなるだろうか、不安でならなかった。あの気持は一体何だったんだろう、今でも不思議だ。それ程、あの頃の自分は、ひとりぼっちで孤独であったのだろうか……。

 高校へ願書を届ける日、彼と僕は一緒に出かけた。彼の進む高校の前で彼と別れて、僕はバスに乗るため停留所まで歩いて行った。その時、その別れを僕がどのように思っていたのかはよく覚えていない。恐らく僕は立派な電気技術者になるんだという気持で自分を納得させていたのだろう……。その日は朝から雨が降っていた。彼と別れた頃、既に雨は止んでいたが、空はまだ鈍よりと重く、道はかなりぬかるんでいた。傘をたたんでいたのがいけなかった! 前方から猛スピードで突進してくるダンプカーを避ける場所がない、アッという間に身体半分、頭の先から足の先まで、赤茶色の泥水をかぶった。腹立ちが鎮まるにしたがい、みじめさが襲ってきた。そのみじめさが、今日のみじめさに繋がるとは、その時、夢にも思わなかった。



 今日、高島屋で受験用の健康診断を受けた後、我が母校(?)へ「調査書」の件で行った。事務所で用件を述べると、電気科の職員室へ行けとのことであった。半ば予想していたことであったし、高校時代の自分から脱け出せている自分を内心誇らしく感じていたので、電気科へ足を向けなければならないと聞いた時、それほど動揺はなかった。会社を辞めて初めて浪人を始めた時、厭な思い出しかない母校を最終学歴にしたくはない、という思いがあったことも事実だ。それに一昨年のこともある。大学が封鎖されていた頃だ。僕は自分の受けた高校教育の不満だった点をまとめ、広く卒業生の要望としてまとめるべく、同窓生の意見も集めようと手紙を出したことがあった。それを見た父兄の誰かが学校に知らせたのだろうが……、何処でどうなったのか、僕がヘルメットとゲバ棒姿で押しかけて来るという噂になって、学校では大騒ぎになったことがあったのだそうだ。結局、同窓生からの意見は集まらず、僕は校長先生と生徒会宛に自分の気持を述べた手紙を出して、その空騒ぎに幕を閉じたことがあった。まるで喜劇ではないか――。今となっては、僕の本音は出来るだけ母校とは関わりたくはない。しかし受験願書を出すには避けて通ることは出来ない。僕は腹をくくった。途中、便所で用をたして心を落ち着けた。

 職員室のドアを開けた時、三人の先生の顔が目に映った。三人とも少し妙な表情をしているように思われた。その時の僕の心は頗る平静であった。私用だけ告げて帰るのは、なぜか負け犬のような気がしたし、用件を告げるより先に一昨年のことを何らかの形で処理しなければならないと思ったので、D先生(電気科の主任)はおられますかと言った。授業に出ているという返事が返ってきた。一昨年のことでD先生に少しお話しておきたいと思ったのですが、授業なら仕方がありません。いえ、今日はそんな用件ではなく、僕個人のことなんですと話を進めていった。S先生は僕には全く無関心を装っているような態度で、何となく厭な感じがした。この先生には確か電気計測を習ったが、授業の合間に二進法の話をしてくれ、それが契機で何進法であれ数体系の大きな世界を理解出来たように思ったことがあった。この点、この先生には感謝しなければならないが、その時の僕の気持にはそんな心の余裕などある筈はなく、僕の母校に対する思いはその先生に対する思いに象徴されていると云っていいように思われる。

 残りの二人の先生は僕に顔を向けてくれた。訊かれるままに、あれやこれや、主に今までのことを表面的ではあったが、僕は話した。彼ら二人と15分ほど話をしただろうか、その中で僕たちのクラス担任の話が出てきた。彼は昨年の春、農芸高校へ数学の教師として転任したとのことであった。頬も落ちくぼみ、すっかり痩せこけてしまったそうだ。何故そうなったのかその理由については何も言わなかったし、僕も訊く気はなかった。そんなことは僕とは関係のないことだ。卒業して4年になるが、同窓会を開こうという話が一度あったようだが、担任抜きだといっていた。実際開かれたのかどうか、知らない。僕たちのクラスは担任とはしっくりいっていなかったのだ。最後に、D先生が卒業生の意見を聞きたいとおっしゃるならば、僕はいつでもお話に伺いますのでそうお伝え下さいと言って、部屋を出た。それは僕のポーズであることは自分でも分っていた。早く帰りたい、もう二度と来たくない、これが僕の正直な気持であった。

 13 
 今朝10時頃、先生から電話があり僕の将来について相談したいから、とのことであった。先生の意図は分らなかった。

 先生はふわふわしている僕を見て大変心配して下さっているのだ。僕の復学のことについて、大学へ問い合わせの手紙を出したところ、昨日その返事があったそうで、復学の方向で話を進める前に僕の気持を確かめておかないといけないという訳で、僕を呼び出したとのこと。手紙にそのことを書いたのだそうだが、一刻も早くとの思いで、手紙は出さず直接電話したとのことであった。

 僕が復学する―、そんな思いは脳裡をかすめたこともなかった。僕は第一志望で合格したのではなかった。そのことに僕はこだわっていた。別に不正なことをして入ったわけではないのに、どこか後ろめたい気持があった。受験勉強に取り組んでいた時の自分の気持を裏切ったという思いが、常に罪の意識のように心を暗くしていたのだ。そんな僕が復学、そして転部―、それは出来ない。僕はその気持のないことを告げた。先生はそうかと頷くと、それ以上何も言わなかった。

 フルブライト留学生は、今は高卒を対象としていない、大卒でないといけないことが分かったので、それなら復学できれば、文科へ転部する道を、と言う訳だ。僕の家庭の事情などを考え合わせて、一年でも早い方がよいと考えて、骨を折って下さったのだと想う。先生の心遣い、胸が締めつけられる思いであった。しかし、僕は断った。どうして僕が復学なんか出来よう!

 僕はどうすればよいか分らない。とても苦しい………。

 14 
 今日は月曜日であることを忘れていた。天王寺の市立図書館の前まで来て、休館日であることに思い当たった。これで受験生であると云えるのか!

 大学を再度受験することは、恥の上塗りであることは充分自覚している。それでも僕は受けるつもりでいるのはどうしてか。このまま社会へ出てゆけば、負け犬の醜態を晒すことになるのではないか。僕は工業高校で受けた教育を否定する為に大学に入ったのではなかったのか。その戦いに敗れたという気持が大きく僕を支配し、負け犬の状態に僕を追いやるだろうと想像するからだ。さりとて、一度否定した大学に再度受験するというこの状態を続ければ、自分に対して同じ醜態を晒すことになる。結局、僕の出口はないのだ。

 現在の僕の感情の水準では、すべて不毛とならざるをえない。何を考えてもすべて空しく写る。何故か?……、僕の過去は底なし沼だからだ。この過去を僕から切り捨てなければ、これからの僕の人生はすべて不毛の砂漠と化してしまうだろう。僕はそんな迷路から脱出する方法を模索しなければならないのだ。

 現在は現在であるが、未来から見れば現在は過去である。このことは何でもないように見えて、実は僕にとって恐ろしいことなのだ。それは、常に過去から足をすくわれる僕の弱々しい虚無的思考の型はこれからも変らないかも知れないという空恐ろしい危惧の念によるからなのだ。将来また、昨年演じたことを演じるようなことがあれば、僕は死んでしまうか、さもなければ、大衆の生活意識(特に僕の場合、旧い伝統意識)へ吸入されてしまうだろう。そうなれば僕の過去は一層黒ずんでしまうだろう。苦渋に満ちた面持ちで僕は「これが生きるに値する人生だというのか!」と叫ばざるを得ないだろう。そこで僕は考える、不毛な劇を再び演じさせない為の唯一の方法は、現在を立派な、将来どんな辛酸をなめるようなことがあったとしても微笑んで追想できる過去にすることである、と。

 以前僕は工業高校卒業生ではないと言明したことがあった。英研出身者であると言った。クラブ活動を通じて高校生としての多くの事を先生から学んだからだ。しかし、はたして僕は自分を英研卒業生だと誇らしく言えるだろうか?……この疑いは正しいと思う。しかし反面、英研卒業生であるという事が将来の自己を形成してくれる、そしてそれが混沌とした底なし沼から僕を救ってくれると堅く信じている。これは確かなことだ。どうしても僕にとって真実なものとしなければならない。
 そこでだ、よく心せよ!
 内心誇れる英研卒業生にしようではないか!
 その為にこれから1ヶ月間、大いに準備しようではないか!
 これが先生に応える唯一の真実の道であるのだ。

 15 
 強固な意志は僕の何処にあるというのだ。ふらふらして弱い人間だ、この僕は……。

 昨日、先生の前で馬鹿の見本を演じてしまった。あれでは先生を苦しめているだけではないか! ねちねちとみみっちい態度で拗ねているのと全く同じことではないか! 「今度こそわしを失望させないでくれ」―この先生の言葉に僕はくしゅんとなるしかなかった。僕は莫迦の莫迦の大莫迦野郎だ!

 喉元まで言葉が出かかっておりながら、言えない。燃え上がらない。煮え切らない。自分の信念は何処にある! 目標は何だ! 何もかもあきらめ切っているのではないのか!

 僕の心の中には頑として動かない冷ややかなものがある。これが恐ろしい。僕はこれから逃げようとしているのだ。逃げたい逃げたいと願う心が、もうどうなってもいいんだと投げやり方向へ自分を導いていく。しかし、僕には逃亡の出口はない。

 自己の消極性を意識しているが故に、積極的に振る舞うことを暗々裏に諭されたりすると、かえって逆に自己の消極的でみじめな姿が想いやられ、益々消極的にならざるを得ないという人間もいるものだ。人の言いなりになるとは、少年の頃の忍辱の姿と不可分に結びついているが故に、しかもそれが父親の或るイメージを伴うが故に、たとえ純粋に人を気遣う気持ちから発せられていることが解っていたとしても、受け容れることが出来なく、益々迷路へ陥って行かざるを得ない人間もこの世にはいる筈だ。それではどうすればいいのか。

 ハッキリセヨ! はっきりと。粘着的にあれやこれや思っていても何にもならない。もう願書を郵送したのだ。僕は莫迦の見本を演じよう。莫迦は莫迦らしく頑張ろう。このままではすべてがダメになる。後1ヶ月もないが、死にもの狂いでやってみよう。全力でぶつかってみれば、何とか突破出来るかもしれない。

 この不安は何処から来るのか。急に襲われる。もがけばもがくほど、恐ろしいとしか形容のしようがない不安に捕らえられる。僕の置かれている状況を直視すればするほど、空恐ろしくなる。そしてそんな不安に兢々としている自分をしばらくじっと視ていると、いつしか不安は消えて行く。別世界へ放りやられたような、ただ空しい自分を意識する。



 どうなるのだろうか……。しずまりかえって波ひとつ立たない大海原に一人、嵐の予兆に内心恐々としている。ここでは一切のものは虚無と見なされる。

 ああ自然よ! 天よ! あなた様は一体、この哀れなわたくしをどうなさるおつもりなのでしょうか。

 ああお願いでございます。どうか、どうかわたくしに、この渇ききった喉元に、愛の一滴をお恵み下さいませ。薄氷の孤独の中で妖しく明滅する悪魔の青白い光線からわたくしをお救い下さいませ。



 何たる失態! 今10時10分前だぞ。昨夜は11時頃床に就いた筈。眠り過ぎだ。

 体裁を取り繕うのではなく、そんなことじゃなくて、残された2週間そこそこを、精一杯頑張ってみよ! それが現在の苦しみを救う唯一の道なのだ、分かったか!

 3年前の発表の日、僕は祝杯のコーヒーに間違って塩を入れて飲んだらしい。その味には夢の欺瞞性を悉く摘出するには十分すぎるほど、奇妙に陶酔を伴った苦さがあった。

 夜10時40分。蛍光灯の雑音が耳から脳の奥の奥へしみ込む。「ギャー、ヒェー」と叫び出したい気持を抑える。焦燥感。

 16 
 何ということだ! 5日の日から僕は何をやってきたというのか!
 僕は先生の好意を拒否した。だから当然、愚かしいと半分思っている
何が半分思っているだ! 将来に何の信念も持っていないお前がそんなこと言えるのか!
受験勉強をしていなければならない筈だ。それがどうだ! 何故なのだ!
先生の好意を冷淡にも突っぱねているではないか! それでもお前は人間か! さあ、どうなんだ!

 ああ。何も言わないでくれ。どうして僕を苦しめるのだ。よしてくれ。一体どうすればいいのだ。僕に何が出来る。苦しい。重い。そんなに圧迫しないでくれ。どうすればいいのだ。僕に、僕に何が出来る。何が出来るんだ! どうすればいいのだ。苦しい。そんなに責めないでくれ。僕のどこが悪い。いや、僕は人間的ではない。人の好意に素直に反応できない者は非人間だ。しかし、ぼくは、ぼくは、このぼくは……。いや、明日からちゃんとしよう。今このぼくに一番大切なのは、自分を信じることなのだ。自信を持つことなのだ。俺には我がない等とふてくされないことなのだ。意識を集中することなのだ。集中させなければ決してこの僕は、ぼくは、救われないのだ。何も視えてこない。こんな僕に何が出来るんだ。僕は何をすればいいんだ。僕に出来ることがあるのか。何なのだ、教えてくれよ。実は僕は恐れているのだ。実際、すべると判っている受験を、当日、僕は一体どんな気持で家を出ていくだろうか? 僕は一体何の為に受けるのだ。・・・・・〜〜/〆‐ζ〆∫ヾ仝ヾ\Ψ〃〜〜◎★!・・・ああ!

 いいかい。落ち着き給え。冷静に考え給え。心を沈めて、混乱した糸を解きほぐしていこうではないか。君は何故大学を退いたのか?

 どうしても化学を続けていけなかった。自分の厭なことを無理してやる必要はどこにもないからね。僕は自分が化学という学問(?)を極めるということと、それを社会へ如何に還元するかということの接点をどうしても見つけることが出来なかった。いや、そうではなく、やはり僕は試験官を振るということは出来なかったんだ。試験官を振るということは、僕の場合、あの高校での忌まわしい数々な体験の象徴を意味するのだ。僕は工業高校で、自然科学一般に対するある種の嫌悪感を身につけてしまったらしい。………。苦しい。考えることが苦しい………

 しかし、問題を曖昧にしておけば、君はいつまで経っても今の苦痛から抜けだせはしないぞ。さあ、歯をくいしばって、考えろよ。

 そうだ、そうなんだ。僕はこの苦しみから一刻も早く抜け出したい、解放されたいんだ。この気持解ってくれ。……考えるよ。今先、接点云々と言ったけれど、そんなことは問題ではないんだ。その問題が真に問題となり得るには一つ前提がいるんだ。つまり化学という学問に対して、僕が知的好奇心を持っているということなんだ。それが前提されなければ、今言った接点云々は無意味に等しい。さて、僕の場合、知的好奇心、いや、化学に対するロマンティクな夢でもかまわない、そんなものは一回生の夏休みに全て吹っ飛んでしまっちゃった。あの頃が、今考えてみると、一番危険な時期だったんだなあ、あれよあれよという間に、こんなみじめな状態さ。

 とすると化学に対しては何の未練もないわけだ。数学についてはどうなんだ。

 数学か……、ないね。今更やる気も起こらないよ。実は、僕が一生涯数学研究者として身を立てて行こうと堅く心に誓っていたかというと、頗る疑問なんだ。苦し紛れに掴んだと云った方が当たっているね。ほら、諺に云うじゃないか、溺れる者はわらをも掴むてね、あれさ、数学はわらなのさ。わら程度の意味しかなかったんだよ。そりゃそうだろう、何でもそうだろうけれど、学者として身を立てて行くには、優れた才能とそれを熟成させる環境が絶対必要なんだ。僕の場合どうであったか?………へへへ、それこそわらわせるじゃないか!

 君! そんなに自虐的になるのはよせよ。僕は信じている。君は決してそんな人間じゃないということをね。

 何が俺を狂わせたか―というわけだ。いや、止そう。拗ねても始まらない。この苦しみから逃れることが先決問題だ。

 そうだよ、拗ねてみたって始まらないんだ。益々泥沼にはまっていくだけだよ。しかしさ、もし君が数学科で合格していたら、どうだったんだ。

 うーん、数学科ね。素直に考え直してみて、……僕は数学を真面目に、それこそ真剣に勉強していた筈だ。自分で、この自分の脳味噌で選んだ道だからね。そりゃ、入学した当初は、ひどいコンプレックスに悩まされていただろうさ、なにしろ工業学校出だからね。しかし、それは寧ろプラスに働いていたんじゃないかと想像するね。こりゃ大変だ、こうしてはいられない、それこそ馬車馬のように。先生は僕を見るとくちぐせのように馬車馬、馬車馬のようにと僕を励ましてくれたなあ。そうしたらさ、僕と先生の関係ももっと前向きになっていただろうさ。もっと英語を勉強していただろうさ。もっと英文学に興味をそそられていたかもしれない。クラブへ出かけて行って、後輩達と一緒に、英語劇をやったかもしれないね。劇は出来なかったとしても、一緒に勉強していただろうさ。

 おいおい、あんまり寂しくさせるなよ。元気を出せよ。泪なんか流したりしてさ、みっともないぞ。男がそんなことで泣くなんて!

 いや、すまん、すまん。どうしようもないな。くそっ! 急に胸に込み上げてくることがあるんだ。丁度あるムードになるとね。共鳴してしまうんだな。所謂ナルシズム的レゾナンスていうやつだ。何を話していたっけ?

 君は数学を学んで将来どうする心算だったんだ?……いや失礼、世界に名を轟かす大数学者!

 やめろ! ひやかすなよ。そんなんじゃないさ。恥ずかしいが、そうじゃない。自分の才能はうすうす感じていたよ、受験勉強の最中で。少し自信を失いかけていたことも事実だ。君の言うような人物は、模擬テストで六割を取るのにエンヤコラサなんてことはないからね。いや、試験の結果だけで数学の才能を推し量ることは無論出来ないことくらい承知している。数学の才能なんてやつは、そんなちゃちな試験で絶対測れないんだ。しかし、がしかしだ。偉大な数学者になる素質を持っている奴ならば、その気になって勉強すれば、あんな試験、ケアレスミスを除けば楽々満点は取れると思う。そういう意味で俺は少々自信をなくしていた。無意識的にね。いや、意識していたが、また別な意識がその意識を押し殺していた。受験は闘争だ。生きるか死ぬかだ。あの頃の僕は少なくともそうだった。あの頃はニーチェなんか少しかじってさ、感情のポテンシャリティは今に比べてずっとずっと高かったんだ。高かったが故に。落っこちた時の衝撃も相当ひどかったらしい。しかし、その傷はぬるま湯の中にひたされていて、そして僕の一番弱い、いや弱かったところを、今でも弱いかもしれないが、つかれていたが故に、明確には意識出来なかったんだ。今にして思えばそれが一番残念でならない。そんな愚かな過ちは将来二度と繰り返さないように注意しようと思う。自分が一度決めた目標は、誰が何と言おうと笑おうと、絶対手放してはいけない。とことんまでやり通すべきだ。愚者でも一念を貫き通せば、立派な愚者だ。が、それを放してしまってさ、打算的な賢者のいい見本が、ここに冬の冷たい風に吹かれている。全くいい見本だよ。

 また始まった。そこが君の悪いところだ。逃げるというか、肩すかしをくわせるというか、諦めて悲しそうな顔をする。悲しいんなら徹底的に悲しめばいい。しかし、君はそうじゃない。すぐ無表情を装う。内部に鬱屈したものを秘めながら、何故か他人事かなんかのような顔をする。甘えているのか拗ねているのか知らんが、いい加減にしろよ!

 17 
 今日から懸命にやろうと思い、天王寺の図書館へ行くが……、出来ず。閲覧室で、太宰治に関する評論を読んでしまう。読みながら、焦燥感に襲われたり、一瞬安堵したり、また自分が情けなくなったりみじめになったり、急に不安の淵へ追いやられ絶叫したくなったかと思うと、いつの間にか自分を一般人にして問題をそらそうとしている。現在の僕の精神状況では読まない方がいいように思う。同質なものを感じた。くわばら、くわばら。僕に今一番大切なのは、自信を回復することだ。

 もうここ迄来てしまったのだ。引き返すことは出来ないぞ。先生の好意にもっと素直に応えよう。あと1週間の辛抱ではないか。不合格は分っているが、何も準備しないで受けようと思っていても、当日になると、きっと不安で恐ろしくなって、苦しくて苦しくて、自分の愚かしさに耐えられなくなって、頭脳をぶち割ってしまいたくなるほどの狂乱を演じてしまうかもしれないのだ。しかし、今は何も考えるな。やれるだけやってみろ! 「今度こそ失望させないでくれ」……先生の言葉が頭にこびりついて離れない。先生の好意に報いる唯一の道は、頑張ってみる、力一杯やってみる、努力するだけだ。



 久し振りに先生から来信。郵便受けに手紙が投げ込まれる少し前までは、狂乱の醜態を晒していた。あれが地獄絵とでも云うべきものなのだろうか。自分の将来がどうなることかと、不安と恐れが入り乱れる、それこそ血を吐き出しそうな苦しみだった。それに母は何の反応も示さず、憎らしくて仕方がなかった。僕は永遠に僕の心の中から母を追い出してしまおうと思う。もう自分の過去にはこりごりだ。そんな精神状態の中で、先生の手紙は旅人の山中での湧水の如く、僕の疲れた心をいやしてくれた。早春の風の如く、僕の頬を優しく厳しく吹きぬけて行った。後に清澄の思いが残った。しかし、奥さんを亡くされた先生のことを思うと、内心複雑な気持で何も書けない。今は自分の心の内をあれこれ詮索、分析することは止しておこうと思う。受験するのが怖いというのなら、なおさら受験しようではないか! 現在の僕には恐れは禁物、怖がっていては何も出来ないのだ。益々自信が失われていくだけだ。



 自分で自分自身を破るだけのパトスがなければ何をやっても駄目だと思います。ところで僕は分裂病的性格の持ち主ですから、自分自身を破るとは、分裂した一方の超自我に打ち克つことを意味します。僕の場合、超自我は、特に日本の旧い因習道徳的色彩を帯びていると考えられますので、どうしてもこれに打ち克たなければ、僕の才能は完全に涸渇してしまいます。僕は既に大衆の共同幻想から疎外されていると判断してよく、これは僕にたとえどんなに過酷な出来事を暗示しようとも、僕がこれから生きて行く前提として認めなければならない事実です。高貴な精神と僕が訣別するのならいざしらず、そうでないのですから厳粛な事実です。

 ところで僕が今一番恐れているものは何かと言いますと、云うもでもなく受験することです。何故ならば、準備不足という言葉が何の前提もなく使えるとして、その準備不足という言葉が触発するどうすることも出来ない弱者の心理に、もしかすると、当日、僕の過去のあらゆるみじめさが求心的にどっと集中するだろうと想像されるからです。僕は自分で自分をどうすることも出来ないところまで来てしまいました。だからこそ、どんな理由をつけても避けることは出来ない、どうしても突進しなければならない、恐れているからこそ堂々と真正面から立ち向うより他に方法はないと信じています。

 先生に対する僕の倫理性は疑われても今は何とも言えませんが、巨大な怪物に更に空気を吹き込むように膨張に次ぐ膨張の一途を辿りつつある現代社会の中で、そして蛆虫のような生活を強いられている状況の中で、倒れても、倒れても、堕落することなく、高貴な精神を保ち、なおかつ立ち上がって行くような生き方をすることが、大きく見て、僕の先生に対する倫理性の証であると信じて努力してゆきます。

 世界は、高度の意識の集中がなければ深く視ることは出来ないし、その後の発散がなければ、人生の真の意味は味わえないだろうと思います。また発散が長く続くと何の味わいもなくなり、索漠たるものになってしまいます。僕は分裂病的性格の所有者ですから、発散が長く続くと自分が駄目になってしまいます。自分を駄目にしたくはないし、絶対にしてはならないと堅く思っています。

 何度か先生に縋りつきたい衝動にかられましたが、まず自分をシャッキリさせることが先決問題だと思っています。石のような母を感じていた直後の先生からの手紙、何か救われるような感じで受け取りました。

 18 
 お前は罰を受けねばならぬ。先生の好意を素直に受けなかったために、お前自身を愛せなかった故に、優柔不断なお前を破れなかったために、過去過去と、ただ漠然としたお前の過去のみじめさにこだわりすぎた故に、お前の未来を決定するだけの強い自我を確立出来なかったために、お前は不合格が自明である試験を受けなければならぬ。お前はもうどんなにじたばた暴れても刑は執行されるのだ! 観念しろ! それがお前の罰だ。



 生きるとはどういうことなんだ?……ああ、もう一度、未来への希望に陶酔出来る自分に、人間本来の姿にもどりたい!

 不安だろう、試験迄の5日間は。だから、その不安から逃れる為に、何か一つの科目を集中して勉強しろ!

 何でもハッキリさせることがお前にとって一番大事なことだ。自分の意見を、纏まった意見でなくてもよい、感じたことを素直に述べること。そうしているうちに、お前の自我が、発散してしまった自我が、どこか一点に集中するだろう。何処に集中するか、それは二の次だ。まず、お前の自我を集中させること、それが一番大事なことだ。



 なんということだ、なんということだ、ああ、いったいなんということなんだ!
 これが自信喪失者の醜態か!
 自分を嘲るのは、いい加減、止しなよ!

 ……………僕の精神の一部分は、その中へ入った人間を出口なしの狂乱状態に陥れ、彼を人間的に駄目にしてしまうところがある。かつて、或る一時期には、そこが僕の精神の全領域であった。しかし、今は一部分にしかすぎないのだ。そしてそこは現在、収縮しつつある。どんどん、どんどん、収縮しているのだ。この収縮がこのまま進行して行けば、最後には、極小さな黒い粒となり、それが更に小さく小さくなり、ついには皮膚の汗腺から出て行ってしまうのだ。今は徐々に徐々に縮まりつつある。このことは疑いない。明白な事実だ。徐々に小さくなって行き、最後には消滅してしまうのだ。このことは信じていい。信じていいのだ。



 試験が終った後のことは考えてはいけない。今は、試験迄のことのみを考えろ!

 受験することに何の意味があるのか?――その時、僕の過去のみじめさが如何なる形態で僕の面前に立ち現れてくるか、僕はそれに如何なる反応を示すか、その苦しさに耐えられるか、そういった予想される様々な問題に僕がどこまで答えられるか――他にどんな意味がある!

 目標は何か? 僕の目標とは! 僕は何をして生きる? 死ぬつもりがないのなら、そうだ!死んで何になる、死ぬことは逃げることだ。生きることこそ、そこに積極的な何かがあるのだ。たとえ苦しくとも。最近僕は、人生を観る眼が少し変ってきた。人の何気ない振る舞いにも、云いようのない悲しみとか苦しみがこびりついているように思えてならない。生きるとは、苦しむ以外の何ものでもなく、苦しみがある故に、希望も湧いてくるのだ。逃げ出さない、投げ出さない、諦めずに苦しみと闘う中で湧き上がってくる希望、これが本当の希望だ。僕にはもう青年が持つ純粋な夢はもてないのか。現在の僕に希望がないとはどういうことか。苦しみがある故に希望があると言えるのなら、希望をもてない現在の僕は苦しんでいないことになる。だが僕は苦しんでいる。これは矛盾か。僕にだけ当てはまる矛盾なのか。そんな単純なことではない。僕はこの苦しみの質を本当に把握しているのか……。



 人間とは? 真に人間を人間の観点から研究する視点。社会的な観点から人間を考察する視点。人間と社会、社会と人間。人間とはなんと不思議な動物なんだろう!

 僕はただたんに英語を勉強するのではないのだ。そうだ、そうなんだ。僕が英文学を学ぶということは、人間を、社会を研究する一形態を意味するにすぎない。人間と人間を取り巻く社会が、人間に如何なる影響を及ぼすのか、また、人間はそれに如何に立ち向うのか、その時の人間とは一体何か、僕は人間の不可思議性に驚愕して、それを自分自身で解き明かそうと思い立って、その一つの方法として英文学を学ぼうと決心したのではなかったのか。

 受験する云々、失敗するかもしれない云々、過去のみじめさ云々、それが一体何だと云うのだ!

 こんな自分の底なしのどうしようもない世界に固執していても、なんら自分を、人間を解明出来ないぞ。ここは、いったん、自分の世界を離れて、他の世界に目を向けようではないか、それが英文学を勉強することなのだ。



 受験は、正にみじめに受験する故に、お前をみじめだと思わせるお前を徹底的に破壊するという意味を持つ。それ以後のお前は、それ迄のお前とは違っているのだ。お前はそれを契機として再生するのだ。



 今日は28日。あと3時間で2月も終りです。明日から3月、3月は希望の月! 生気が甦り、白い雲がふくらむように人々の心わくわくときめく季節!

 しかし、離群病者の僕は、暗い部屋の中で一人ほそぼそと、考えるともなく、物思うともなく、寒さに顫えています。先生は今、先生も一人、誰もいない橿原の住居で、物思いに耽っているのでしょうか。何を考えておられるのでしょうか。あいつはどうしようもないやつだと諦めにも似た気持で寂しく僕のことで気をもんでいるのでしょうか。若しそうでしたら、僕は心苦しくて仕方がありません。先生の孤独は、僕のよりもっと深く痛ましいものなのでしょうね。人間が生きるということは、孤独の空洞が広く深く拡がってゆくことをしか意味しないものなのでしょうか。奈良は大阪より高地ですから、夜の冷え込みは、きっとこちらよりきついのでしょうね。僕はどんな寒さにも我慢は出来るのですが、精神の底冷えにはどうしても耐えられません。しかし、耐えるより他に方法はありません。

 今日は、いえ今は自分を嘲る気持は不思議と起ってきません。いつもこういう状態であればいいなと思います。全く透明に澄みわたり、黒点は存在しておりません。丁度、凪の大海原を夕日に向って眺めている心です。星は輝かず、鴎は飛ばず、船も見えず、ただ厳かに静まりかえった海、それを見つめる僕。二つが相対している時の気持です。



 もっと前にやればよかったのに、そうしたら今こんな俺ではなくもっと別の俺になっていた筈だ、とか、あの頃読んでおればきっと俺の心を救ってくれていたに違いない、きっと将来の生きる指針が得られていたに違いない、なんていつも後悔ばかり、焦点が現在にはなくいつも過去になっている、こんな思考方法から一体何が生れるというのか! 未来に眼が全く向いていないじゃないか! 過ぎ去ったことだけを悔い、恨んでばかりで、積極的でないじゃないか! 無駄なことばかりやっていて、ちっとも身についてないじゃないか! ここからは何も創造的なものは生れてこない。もう止せ、こんな愚かなことは――。



 今僕はどういう感覚でいるのか分らない。過去も未来も考えていない。チリ紙の厚さ位の不安がある。先生の手紙の中にあった言葉――成否の如何を度外視して、目標に身体でぶつかってゆく意力と情熱――今この言葉を何回も心の中で唱えている。そうだ、身体ごとぶつかればいいんだ。成否は問題外。何かを行わなければ何も生れない。頭の中であれやこれや思い巡らしているだけでは何も始まらない。現在の僕に一番要求されているのは、まず行動をおこすということだ。

 行動するとは……堕ちることだ。――生きよ、堕ちよ、その正当な手順のほかに、真に人間を救い得る便利な近道がありうるだろうか――確か『堕落論』にあった言葉だ。僕の場合、堕ちるとは自分の消極性を破壊するという意味を持つ。堕ちよ、堕ちよ、堕ちるところまで堕ちて、僕の消極性を完全に壊してしまえ!

 そうだ!何でもそうだ。ハッキリしなければならない。やると決めたら、一切他のことはかまうな、積極的であれ! 満足な準備ではないが、力一杯、現在持ち合わせているあらゆる知識を動員させ、頭脳をキラキラ輝かせて、身体ごとぶつかってみるんだ。積極的な人生の第一歩を歩み始めるのだ。評価は後でやればいい。総括的に評価することは、過去に固執することではなく、未来への第一歩を意味する。評価は後だ。身体ごとぶつかる積極的な人生を今から始めるのだ。





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