上梓【2009.4.22】
 | 講義のない日々 |  |
1
- これから僕の内面の感情を隠すことなく、赤裸々に正直に告白しようと思う。ぼくの厭な感情も吐き出すつもりだ。勿論赤面する程恥かしいことを述べるかも知れない。本心は厭なのだが、その自己嫌悪を催すあばた面の感情が、僕の心の奥深くに厳然として潜んでいることは事実なのだから仕方がない。
もう本格的な春日和。太陽に照し出された昼間のキャンパスの情景を眺めていると、何だか心の緊張が弛み厭な倦怠感に襲われる。と同時に一昨年のちょうど今頃、テレビ受像機製造の現場で流れ作業に従事していた自分の姿が思い出され、吐き気を催すような気分になる。
工業高校の電気科を卒業して就職した会社で現場実習ををしていたのだ。最初はコンデンサーや抵抗を三箇所に取りつけることから始まった。慣れるまでは遅れがちなので必死だ。それで時間はすぐ経ってしまうように思われた。しかし慣れてくると、次の台がベルトコンベアーにのってやって来るまでに数秒の間ができる。この時間が非常に苦痛なのだ。何か考え事をするには短すぎるし、待つには長すぎる。昼の休み時間がやってこないのではないかと思われるほど時の進み方が遅く感じられようになる。それで、取り付ける部品の数を増やしてもらう。また時が速く進むようになる。要するに流れ作業では何も考えず自分を機械の一部分にしたほうが楽なのだ。
こうしたことが約1ヶ月続いた後、僕はカラーテレビの技術部に配属された。夜はある工業短期大学に通い勉学にも励んでいたが、その両立は7月に破綻を迎え、8月の後半には会社と学校の両方を辞め、図書館通いを始めた。つまり、昼の大学入試を目指す浪人生活に突入したのだった。
2
- 君は如何なる態度をとる積もりなのだ! 何もしない日和見主義者か!・・・大学の構内の芝生に寝そべって、青空を眺めながら自由な物思いに耽っていたいと思っても、人の話し声が聞こえてきて、その声が頻りに僕のとるべき態度を強要しているように思われてならない。
「封鎖が続き、学生も教師も、その他いろんな人がみんなボロを出してくる。こう状況が緊迫してくると、ボロを出さないようにと気を使っていては、決して行動は起こせないし進歩もない。取り残されるだけだ。それで、僕達のとるべき道はただひとつ、問題が提起されればその度ごとに、ボロを出してもよい覚悟で僕達なりの回答を出していく、そしてボロが出れば、そのボロを批判的に見つめていく中から、何かよいもの、より真実なものを見い出していくしか方法はない。」
これはY君の意見だ。彼にこう言われて、僕の心の均衡が崩れ、また僕の心の古い情念が騒ぎ始めたようだ。これは一体何だ。その実体はどうなっているのだ。自己嫌悪を催させる不可解で恐ろしい奴! 今までに何回悩まされてきたことか。その情念は、どうやら僕の家庭環境から知らず知らずの間に形成されたもののようだ。僕は理想を内に秘め積極的に行動するような男ではない。僕は現実的な人間だ。何もかも考えることが現実的にできている。それが厭なのだ。臆病な男! 仕方がないとすぐ諦めて引き下がる情けない奴! 嫌われている僕が僕なのか、嫌っている僕が僕なのか。
勇気は希望を生む。希望がなければ、生命はない。現存在が続くかぎり、たといわずかでもやはり希望は存在する。しかし、この希望は勇気によってのみ真の希望である。現存在が挫折するとき、希望は当てにならないものであることがわかる。そこで同じ勇気によって、覚悟が希望と一つになる。覚悟をきめてこそ、人間は勇敢に終極へ向かっていくことができる。 =カール・ヤスパース(松波信三郎訳)=
一体何を覚悟すればよいのだろうか。人間は死すべき運命にあると云うことか、それとも人生は儚いと云うことか。いや、そんなことではない。もっと身近な問題にそくして考えてみないといけないのだ。
現在の僕は今在るということに充実感は感じられない。さらに、希望はと云えば漠然としてしまっているではないか。紛争の渦中に一歩でも踏み込まなければ、何が問題なのか正確には理解出来ない、大いにボロを出そう、人から批判を受けよう、今大切なのはこの覚悟だ、とY君は言っているのだ。
彼の意見は僕の性格上の弱点を揺さぶってくる。僕は古い情念に支配されている男、行動力のない情けない奴。勉強はしたい、しないといけないと思っている。しかし、何の勉強? 将来の何の為の勉強? …なにかこれだと思えるものをつかんでさえおれば、人からどのように言われようと自分なりの行動はとれるはずだ。それがどうだ、何もないではないか。この不安は一体何だ、何故なのだ。あの安田講堂の攻防戦をテレビで観た後、背後から誰かに銃剣を突きつけられているような感覚に襲われたのは一体何故なのだ。何故あんなに怯えなければならなかったのか。気の小さい男だとしても、原因がないのにあのような精神状態になることはないのだから……。
3
- 今僕の机の上に置かれてあるFM受信機からは、小沢征爾指揮トロント交響楽団演奏の快い音楽が流れていて、この小さな愛すべき部屋を安らかな心地よい状態にしてくれている。今日は久し振りに落ち着いた気分だ。
この二畳たらずの部屋を納屋の片隅に造ったのは、高校三年生の秋だったから、もう二年半になる。叔母さんの家から貰ってきた古い木材で枠を作り、ベニア板を張り付けて部屋らしくみせた即製仕上げのものである。母が耳が遠いため家の中ではテレビの音が気になって勉強できないことが解消したし、夜間大学を受けてみようという気を起こしたのもこの部屋であった。外からはドアがなければとても部屋とは思えない代物だが、中に入れば畳も敷いてあるし、中学1年生の頃まではこの納屋(詳しくは土蔵)を住居に改造して住んでいたので、大きな窓がそのまま残っていて、外へ落ちないようにと格子状に丸い棒が取り付けられてある。格子状と云っても横棒は1本しかなく、その横棒に腰かけ、両足をぶらぶらさせて遊んだ記憶がある。幼くして亡くなった隣の美智子ちゃんという同じ年頃の女の子に遊ぼうと、そこから話しかけたことがよくあったそうだ。押入れの中に秘密の隠れ家を作り、一人その中に潜り込んで遊んだことは覚えているが、隣の美智子ちゃんと何をして遊んだのかはほとんど記憶にない。
この愛すべき我部屋に今、音の精が飛び跳ねている。しかし僕はその音の精を見極める力が非常に乏しいように思われる。音楽とは音を楽しむと書く。それなのに、音楽教育とは一体何なのか。僕にとって何だったのか。小学生の時は唱歌をよく歌った。それで良かったのではないか。中学校の音楽の時間は、その半分近くが説教に費やされていた。50歳位の、歩き方が女性っぽい男の先生で、中学1年生の時の僕のクラスの担任でもあった。ある時その先生から職員室に呼ばれ、今日誰と誰が教室で騒いでいたか、逐一報告せよと言われ当惑してしまった。その当時僕はクラス委員をしていた。そんな密偵のようなことは僕には出来ませんとは言えず、悶々としながらも黙ってその先生の命を黙殺した。僕のとった態度にその先生は何も言わなかったが、後味の悪い気分だけがその後ずっと続いた。その先生からブラスバンド部を作るので入るように勧誘されたことがあった。指導は理科の先生だったが、それが分かっていたら入部したかもしれなかったのだが。今にして思えば、大変悔まれる、残念なことをした。音感教育は小さい時期が大事なのだ。若ければ若いほど、人間の感受性は純粋無垢で鋭敏なのだから。
幼い頃に親から受けた言葉や行為、躾や教育は人間の無意識界の情念を形成するうえで非常に大きな影響力を持っているに違いない。母親から享受する母性愛の濃淡によって、子供の情緒の安定の度合いが違ってくるということも確からしく思われる。僕の母は僕がよく目をくしゃくしゃさせるのを見て、おもしろがった。見られているなと思って、見ないように懇願しても、益々母はおもしろがった。益々僕は目をしょぼつかせた。僕は母の遊び道具にされているのじゃないかと、中学生の頃不信感を抱いたことがあった。非常に幼い頃のことと想うが、母のお乳を触りにいき、激しく拒絶されたことも何故か記憶に残っている。嬉しかったことと云えば、小学校の低学年の頃、風邪に罹り一人寝ていると、母がパンを買いに行ってくれたこと。何故こんなことが嬉しい記憶として残っているのだろうか。母の愛を過不足なく受けて育った者なら当然のこととして受け取っているので、僕のように問題には決してしないのではないか…。
4
- 僕は弱い人間だ。馬車馬の如く一つのことに邁進できない。高校時代の恩師の忠告を実行に移せないのだろうか。何故逃げてばかりしているのだ。答えは明らか。勇気がない、この一言に尽きる。封鎖をしている連中がどんな問題提起をしようとも、一心不乱に勉強すべきだ! 大事なことは、実社会へ出て僕がどんな社会活動をするのかという点にある。彼等への回答は、実社会の中で出せばいいのだ。僕は今、猛烈に勉強がしたい。フラフラしている時期ではないのだ。
この不安は一体何処から来るんだ! 教えてくれ! 女性の肌に包まれ愛撫されればそれで解消するのか? 分からん、判らん、全くわからん。この頭の不気味な疼き、この精神のケダルサよ。僕はもともと精神集中の出来る男だったと云うのか。どうしてこうなんだ。
不安と焦りと挫折感から暴力が生まれると云う。若しそうならば、一体何故に僕に暴力を奮わせる衝動が沸き起こってこないのだ。アッハハハ。それは分かり切ったことよ。お前のこの字を見ろ! なんだ、この字は。この乱れ方はお前のココロそのものずばりだ。
僕の心の葛藤<勉強したいと云う願望⇔それを妨げる周りの状況、潤滑剤を得たい⇔得られない>を止揚できない→挫折感。焦りと不安はこうした精神状況から醸し出される。……僕は非常に飽き性になっている。何くそ!
今書いたことは全て水疱に帰してしまいましょう。あれを書いたのは私ですが、私ではないのですから。いや私なのです。……。やはり否定出来ません。重い荷物です。でも仕方ありません。捨て去ろうとしても、糊のように粘り憑いてなかなか離れないのですから。現在の私は、このような愚にもつかないことをだらだらと書き記すことが唯一の心のカタルシスだと云うことを認めざるを得ないのです。友人はこのような不安から一時的にも逃れたいためでしょうか、マージャンをやっています。本当に彼等は賢いですよ。自分のしていることに罪悪感を抱いていないのでしょうからね。でも偉そうかことは言えないのです。彼等がマージャンに現を抜かしている時に、私は何か立派なことをしているのでしょうか。ただダラダラと時の流れの中で埋もれてしまっているのですから。かえって彼等のほうが精神にとってはよっぽどよいのではないだろうかと思うんですよ。だから彼等は賢いのです。自分達のしていることをいちいち問題にしないで、結局は心の浄化を得ている。でも彼等は彼等。私は私。勇気を持って自分の道を進んで行くことにします。私はあまりにも人の意見を気にし過ぎるところがあります。これが案外、非常なつっかえ棒となって、私の心の葛藤を招来しているのかもしれませんから。
5
- これから私が喋ることを厭な顔をしないで聴いて下さい。そして私の心の重荷を軽減させて下さい。
4月の中頃から大学問題について教官層と私達との間でずっと討論を続けてきたのですが、あの日は確か4月30日だったと思います。この辺で討論は打ち切るということではなく午後からにして、午前中は教養課程のモデル授業として、生徒からの要望があれば授業を始めてはどうか、という提案が教官の中から出されました。1回生は全員賛成したのですが、私達2回生は反対意見が大勢を占めました。私は最初、感覚的に反撥してしまいました。と云うのは、その時は既に自分で勉強の計画を立てていて、自分一人でやってゆこうと決心していたからです。また教官に対する不信感のためでしょうか、どうせ無味乾燥な授業内容に終わってしまうだろうと直感したし、非常に場当たり的で毅然たる態度が教官の誰にも見受けられなかったからなのです。他の6,7人の者も反対しました。彼等の反対理由は勿論不信感から出ているのですが、少し私のと違っておりました。その相違点を一々述べることは控えますが、封鎖されているという現在の状況から考えてみれば、理解出来ないこともないので一応認めることにしました。これがいけなかったのです。私のいつも経験する曖昧な態度を厭う自己嫌悪の感情に襲われてしまってずるずると成り行きに流されてしまったのです。……。
早速私達は翌日クラス討論をして2回生の態度をはっきり決定することにしました。その時Y君は1回生の授業を傍聴することを認めてもらおうか等と言っていました。この言葉を今よく考えてみると、彼の心の奥には、勉強したい、教えて欲しいという気持があったのだということが判ります。
翌日になってみると、授業に対する2回生の態度について話し合うものと理解していた私は驚いてしまったのです。議題は1回生に対する我々の態度、とすり替わっていたのです。私はその時は、1回生が授業を受けるということには反対ではなかったのです。彼等の身になって考えてみれば、授業を受けたいと思うのは当然のことなのですから。Y君達の言う言葉から総合的に考えてみた私は、………………
ペンが重くなりなかなか進みません。これから書こうとしているあたりに、私が最も自己嫌悪を催す私の弱点が隠れているのです。ですから非常に苦しいのです。でも自分の厭な面を正直に、勇気を出して抉り出さないことには私の心は決して晴れないのです。勇敢にペンを進めていくことにします。
その時私は、自分の心の内部のしこりを吐き出せばよかったのですが、それもしないで、成程考えてみれば、1回生に対して働きかけをしないのはおかしい、Y君達の気持も分かる等と自分に言い聞かせ、取り澄ました態度を装ったのです。この辺りが私が非常に日本人的で、それも悪い日本の伝統を受け継いでいるところだと云うことは重々自覚しているつもりです。議論が開始されました。2回生としては授業に反対だが、1回生が授業を受けることには反対しないと云う意見の者も二人いました。その二人とY君達との間で議論が展開され、私はただ呆然として彼等の議論に聞き入るだけでした。―この時の私の態度を想像されて歯痒い思いで聞いていらっしゃるのではありませんか。何故私も議論に参加しないのかと―。結局結論は出ず、翌日また集まることになったのです。……ペンを放り出してしまいたいような気分です。自分の厭な面を素直に書く、嘘偽らずに書くと云うことはこれ程厭なもので、勇気を奮い起こさなければ書けたものではないと云うことをこれ程痛感したことはいまだかつてありません……。
翌日、Y君達の態度は益々エスカレートしていました。多分彼等は、あの時O君が反対しなければ、そして、―その時の私の気持は、物理的な行動に出ない限りにおいては、1回生に授業を拒否することを要望してもかまわないと云うところ迄譲歩していました。しかし物理的な行動には絶対に出てはいけないと云う一線はなんとしても守って見せると云う覚悟でしたから、そのように主張したのですが―、若しそうしなかったならば、Y君達は物理的な行動に出たかもしれません。しかしY君には、自分一人ででもやると云うような気迫は余り感じられないので、そうなったがどうかは疑問ですが…。それではとにかく、授業を担当する教官と会って話し合おうと云うことになり、T君が先生を呼びに行ったのです。話し合いは開始されました。教官の人達は終始一貫して、私達を怒らせてはいけないというつもりなのか、非常に気を遣った態度で私達の質問に真面目に受け応えしていました。それ迄の私の教官一般に対する気持は、矛盾していないようで、実は今考えてみると、非常に矛盾していたのです。その原因は、やはり工業高校以来の教官に対する薄灰色の不信感であり、そして私の小さい頃から徐々に私の心の奥底で形成されていったあの、すぐ卑屈になる性質の為なのです。先生方の話を聞いていて私は、何か責め立てられているような気がし、非常に息苦しかったのです。私はほとんど喋りませんでした。Y君達の怒りの刃はしだいに引っ込められてゆくようでした。結局、1回生がいないのだから議論はスムーズに進む筈はない、来週の火曜日の1時限目にもう一度、1回生も交えて話し合うことにしようということになりました。
その後Y君達の態度は少し変りました。彼等は挫折感に見舞われたようであり、また教官の人達の温かい心(?)に触れることが出来た喜びに浸っているようでもありました。とにかく物理的な行動にだけは出ないことは確かになりました。しかし一度噴出したマグマはそう関単におさまる筈はありません。もういい加減に止めにしたらどうだと私は彼等に言えませんでした。物理的な行動に出ないことは明瞭となったので、私は彼等の行うことには一応容認の態度をとることにしたのです。こういうところが私の消極的で、優柔不断な性格の現れなのです。私は成り行きという恐ろしい流れの中でどうすることも出来なかったのです。私は偽善的な態度を装い、Y君が書いた反体声明文をいかにも理解しているかのように読み、文章の誤りを訂正していたのです。
いよいよ5月6日がやって来ました。私は1回生と話すつもりはなかったし、面と向かって反対理由を述べることが出来ないと分っていましたから、授業が始まる午前10時には到着しないように遅らせて家を出たのです。着いたのは確か12時前後だったでしょう。着いてみて驚いたことには、Y君以外には誰も来ていなかったのです。そしてそのY君も寝坊して遅れてしまったとのこと。私はその時、彼等には全くやる気がなくなっていることを見て取ったのです。そうこうするうちに一人、二人と顔を見せ、午後1時過ぎから1回生を交えた討論が開始されたのです。この討論の模様を一々述べなくともおそらく想像がおつきでしょう。2回生は終始一貫押し切られているようでした。1回生からの感覚的な反撥もありました。教官は非常に考え込んでいるようでした。―何だかこんなことを述べるのが厭になってきました、飽き飽きしているのではないでしょうか。でも折角ここまで述べてきたのですから、もう少し辛抱してください―。討論が終って、少しやり過ぎたようだ等と言ってみんな反省しているようでした。全てが終って、私の心に残ったものは、自分の言うべきことも言わないで彼等の意見に押し流された惨めな自己の姿。この姿を思い浮かべるだけで私はもう、やりきれない自分に対する歯痒さと、ぶちまける相手のいない怒りを抱いた情けない自分に対する苛立ちで、気が狂いそうになります。でもこうしてこんな事を書くことによって、私はカタルシスを得ているのです。
その日の帰り、Y君は私に、1回生の授業に出てみようと思っている、と打ち明けたのです。私もその時、何の気なしに「僕も明日学校へ行く用があるのでちょっと出てみようかな」と言ってしまったのです。この言葉を聞いただけでも、私にはいかに主体性が欠けていたかと云うことはお判りになることでしょう。私は大変な矛盾を侵していることにすぐ気付いたのでその言葉を打ち消しました。彼も明らかに論理矛盾を犯しているのです。自ら反対した授業に、反対声明を撤回することなしに、1回生の授業に出て行くと言ってしまったのですから。私は理由を訊いてみました。「どんな授業か、偵察の意味を兼ねているのか」と。「それもないことはない。俺も勉強したいからな…」
翌日、独語を勉強した帰りに再度訊いてみたのです。―以前から、と云っても1ヶ月程前からですが、私の発案がきっかけとなり、Y君の下宿にT君と私が集まって、ヤスパースの『哲学入門』を原書で読んでいるのです―。
「自分の意志で行くのだから、上から押しつけられているのではない。主体はこちらにあるのだから、何もおかしいことではない」と彼は言いました。1回生は授業をやって欲しいと強い希望を抱いているのだから、主体は1回生にあることは明白です。それを十分承知して、他の理由をこじつけて(私にはこじつけとしか思えないのですが)反対したのではなかったのか…。しかし私は敢えて反論はしませんでした。結局彼も勉強したいのです。独力で勉強することの限界を感じているのです。その証拠に、もう少し内容の難しくないテキストを選んでやろう等という言葉を洩らしているのですから。また、「あの先生は、別に難しいことを自分達でやらなくても、教官をどんどん利用すればよいのだと言っているように感じ取った」と言っていたことを記憶しています。彼の気持は十分解っているつもりです。彼の行為は責めないことにします。責める資格など私にはないのですから。彼は教えを乞いたいのです。ただ現在大学が封鎖され、大学教育の、特に教養課程の無味乾燥とした授業内容や、理工学部系の過密カリキュラム等に対する問いかけがなされている中では、そして教授会などに対する不信感があるから、主体という言葉に頑なになっているのだと思います。
私は絶対に出席しません。勿論私もあの講義には魅力を感じます。でも出席することは論理的に矛盾しておりますし、また自分の愚行を十分深く反省する意味も兼ねて、家で静かに勉強することにします。Y君とT君には言明しました。これから約2週間の間は、意識的に自殺することにする。独語を勉強する時は亡霊として出て行くことにする、と。
この出来事を通じて私は非常に教えられることが多々ありました。人間の行動は、表面をどんなに飾っても、全てエゴに基づいているのです。エゴを超越した理念に基づいて行動したとしても、それが破綻すると個人のエゴがむき出しになるのです。自分の思っていることを述べないで、奥にしまい込んでおくと、どんな目にあうか分らない。自分は喋ることは下手だという劣等感を気にしてはいけないし、またそんなものは絶対に持ってはいけないのだと強く心に刻みつけておくことにします。私は心情三派は信じません。自分は何もしないで心情的に解る等と衒うことはやめることにします。徹底的にやるか、何もしないか、このどちらかだと思います。高校の恩師が言っていた、All or Nothing を理解出来たような気がします。中途半端な態度からは何も得ることはないのです。
6
- 現在の僕の精神の混乱は、自らを自己催眠にかけ、あらゆる欲望を抑えようとする心の葛藤に起因する。種々数々の偏見の虜になっているのだ。またもや僕の過去が目に浮かんでくる。いけない癖だ。すぐカーテンを閉めろ、だがこのカーテンはいつも透明だ。僕の牙はあの三年間の高校生活のために朽ち落ちてしまって、表面はつるつるになってしまった。残っていた健全な牙も入学する時点で蝕まれ始めていたのだが、そのままにした状態で大学の門をくぐってしまったのだ。つまり、数学科第一志望の受験生が化学科の学生としてなら入学を許すと言われて入ってきたのでありました。僕はあの時どうすればよかったのだろうか。こんなことは誰も問題にしないのだから、僕も人並みになればいいのだ……。
何故か落ち着かない。このまま家に閉じこもって萎縮しながら勉強をやっておれと云うのか。何の意味もないような勉強を―。意義を見つけられないでいるのは僕なのだが…。
<汝為すべし、汝の欲するところを! 汝は汝の欲するところに素直であれ! 汝為さざれば滅びるなり!>
ああ! 現在の僕には一体如何なる欲望があるのか。僕はすでに自己催眠にかかってしまっていて、自らの欲望すら正直に見極められなくなっているのか…。ああ! 頽廃の精神の流れの中で溺れ死んでしまいそうだ。
僕は自分の新しい牙を創出しよう。僕は今迄の嘔吐を催すような厭な経験を絶対に容認してはいけない。家の中にいても、縮こまっていては、それは自らの敗北の露呈だ。だが、もう少し家に引き籠っていることにしよう、僕の考えを纏めてしまうまでは―。
自らを熱情の肉塊とせよ。闘志を燃やせ。突進しろ。魂の燃焼の中で牙を磨け。何かをしてもしなくても未来は暗闇だ。精神を萎縮した状態にしておけば必ず精神は腐ってくるぞ。ぬるま湯の中に入れられた玉葱のように。
家に引き籠って勉強するということは、苦痛で落ち着かない。やはり現在の状況は、じっくりと静かにものを考えることを許してくれないのだ。未来に確固たるヴィジョンを持っていない僕にとって、ただ馬車馬のように勉強するということは何の意味も持たないのだ。僕は何のために勉強しているのか。学問そのもの、及び学問をする人の人間性が問われている現段階において、未来にヴィジョンを持たない者は、やはり素直にその問いかけに答えるべきだ。僕は化学科の一学生だ。僕がこのことを否定しない限り、やはり僕は科学者の卵なのだ。科学者のあるべき姿、科学者の人間像(研究者像)等々と云った観点から<化学とは何か>と云うことを自らに問いかけ、特に現代の科学が置かれている状況を充分把握していく中で、科学の真の方向性と云ったものを志向してゆかなければならないのだ。現に、ドイツ人ハイトラー及び湯川さん等々の人達から現代科学に対するアンチテーゼとして<何故、現代科学は人間から遠ざかってゆくにのか。思考する人間、観察する人間、そして科学文化を享受する人間の間にどうして断絶が生じてきたのか。そもそも科学自体の中に、そのような断絶を招来するような弱点があったのではないか。我々はあまりにも、科学万能、科学が全てを解明してくれるのだという観念にとらわれて、科学を信頼しすぎているのではないだろうか。自然界に因果律は存在しているのだろうか。若しそうだとしても、はたして我々の認識能力はそれを証明し得るほど完全なものだと言えるのだろうか>と云うような疑問符がうたれているのだ。このあたりから、現在の大学紛争を僕自身の問題として捉え、かつ考えてゆかなければ、益々頽廃的な渦巻きの中に落ち込んでゆくような気がする。
僕の悪い癖だ、すぐ現実から逃避しようとする気持が働くのは。もっと積極的にならなければいけない。重苦しい現代社会の中で、決して生き抜いてはゆけないのだ。僕のこの性癖を大学紛争を通じて徹底的に矯正してゆかなければならない。僕には、学校への行き帰りの毎日が続くと、それが日常性になってしまい自己を見失ってしまうことがよくある。しかしこれからはそれに気付いたその時点で、意識的に自宅隠遁することにするのだ。それもごく短期間の、せいぜい二日間位の―。僕の思考能力が鈍るのは、煩わしい大学問題は考えたくないと無意識に思っているにも拘らず、周囲の状況がそれを許してくれないというところから生じる心の葛藤に起因する。僕が大学生であることを否定しない限り、大学問題は僕の身から離すことはできず、また現実逃避は許されないのだ。精神の混乱を解決する道は唯一つ、積極的に考えてゆくという他ないのだ。紛争に巻き込まれてゆくかも知れないが、それも僕にはいい薬になるのではないか。
7
自己と訣別する勇気について論じよう。集団が腐敗するように、自己もあまりにも腐敗しやすいのである。自己の腐敗は、決して、酒や異性や麻雀(僕の場合、パチンコ)によってのみ起こるのではない。それは、寧ろ、或る安定によって自己を厳しく見る目を失うことによっても起こるのである。……………。こうしたいつも腐敗しやすい自己に対して、いつも批判の眼を向け、時には、過去の自己に対しても、いさぎよく訣別を告げることが、自己の成長のために必要である。私は青年達に、自己を確立する勇気とともに、自己と訣別する勇気をすすめる。 = 梅原猛 =
今日読み返してみて、一瞬ギクリとした。今迄書いた文章を全て否定してしまいたくなる。過去の自己の情念の正体がなかなかつかめず、従って新たな自己の姿も一向に見えてはこない。
教養部校舎が封鎖されてもう3ヶ月以上過ぎた。大学当局は依然として音無しの構えを崩さず、学生もその大半は学校に寄りつかず、各自バイトやサークル活動に日々を送っているに違いない。もう5月も終わりだ。
一般学生にとって、非日常が突然やって来た。しかしその非日常も日常化しつつある。今日も何も変化はなし。僕の心にも僕を取り巻く状況にも―。時の経過が非常に速く感じられる時もあるのは、心の苛立ちの反映か。益々僕の心の暗い空洞が拡大するばかりだ。
放心状態の日が続く。燃え上がるものは何もなく、気温20度前後なり。勉強しなければという気持あれど、何の為にと問う心が氷結させてしまっていて、動き取れず。焦る気持すら覚えず、だらだらと日常性に埋没していくのみ。新しき闘志の牙の再生に力を尽くせども、我が心の壁は堅く、温和従順なる性格に軍配を上げざるを得ない我が心の脆弱さを改めて認識する。
こうした現在の僕の精神の荒廃は、昨年の夏以来の、自恃心喪失以外のなにものでもない。
会社を辞めた時は、絶壁に立たされたと云う思いで緊張していた。必死になることで不安は意識の表面には出てこなかった。翌春、あのような形で入学するとは夢にも思わなかったことだ。一浪とは人並みのことだと入学後に初めて聞いて、へえーと思ったことがあった。僕にとっては二浪で人並みなのだから、あのような変な形で合格(注:第一志望は数学科であったが化学科で合格)するよりは、寧ろ落ちていた方が新たな闘志が湧いたかも知れなかった。
あの時僕は天から踏み絵を強要され、踏んでしまったのだ。そのことにこだわりを持ったのは夏休みに入ってからのことであった。自分に対して何か後ろめたい気持が生まれ、それをなだめようと、化学の分野で面白い研究テーマを見つけたいという気持を強く持つようになった。しかし現在、専門分野からの刺激は全く得られず、興味関心は薄れつつある。ともかく、受験勉強をしていた時の心境からすれば、化学科へ入学を許されるとは全く予想だにしていなかったことだ。
人の心とは脆いものだ。自分をごまかしたという思いがチクリチクリ僕を責め立てる。骨を抜かれ、悶え苦しむ姿が今ここにある。
だがこんなことを並べ立ててみたところで何ら解決の糸口は現れてはこない。問題は、この精神状況から如何にすれば脱出可能かということだ。
8
- 何も述べることはない。だからペンをとりあげるのだ。書かずにはいられない。ペンの動きとともに、僕の内なる魂のどす黒い塊を吐き出してしまえれば…。いかなる単語を並べればそれが可能か。こんなことが分らない程、僕は自己壊滅してしまっているのだろうか。松居君、君とどこが違っているのだろうか。
僕の心は動いてる。ただ彷徨っているだけなのだ。閉め切った密室の中で、ぶつかり、血を噴き、そして倒れ、涙を流して呻吟する。起き上っては、頭を抱え、殴り、頭髪を引きむしらんばかりに握りしめ、狂暴な虎に向って突進する。壁がある。乗り越えねばならぬ壁がある。ガチンと一発、目の前が真っ赤。火花が飛び散り、ダイナマイトの爆発音。僕の身体は空中分解、四分五裂。赤い血、黒い血、紫や黄色の血があふれ出ている。ネトネトだ。嵐、嵐だ! 雷鳴が轟き、稲妻がはしる! 油、重油の海。燃えあがる炎! 炎の波が押し寄せてくる! 溺れる、溺れる…。…………。目が覚める。茫然として歩き回る。壁がある。圧し潰されそうだ。頭脳を割ってしまえ! 僕は一体誰だ? 僕は何処に居るのか? 真の自己は狂躁の為に蒸発してしまったのか。この肉体は誰なのだ。残っているのは肉体のみ。肉体だけが頼りなのか。僕でない僕がいる。この僕は誰なのだ……。
松居君。君はロカンタンのような人だ。弱いロカンタン。マロニエの木を見て吐き気を催す精神構造を持った人なのだ。君は、肉体も精神もあまりに脆すぎた。僕は君を憐れみはしない。脆弱な君がわるいのだ。耐えることを知らない君。そんな君を僕は軽蔑する。嗤笑してやりたい位だ。僕は死なないぞ。生きてやる。生きて生の何たるかを追求してやる。死んで解決するなら、人類、まるごと首をくくればいいんだ。刹那の悦びに満足出来ない君。自殺した君は永久に対自的な君だ。君の最大の欠点は即時的に生きられなかったということだ。君の人生は実存で塗り潰されている。それもぺシミステックな実存で。それ故に君の人生はあまりにも短すぎたのだ。僕は実存にはコリゴリだ。そして刹那の悦びには満足出来ない。満足出来ないから生きているのだ。自己の魂を蝕みながら。
9
- ああ! こんなにも爽やかで、素晴らしい日なのに、何故僕はこんなにも悩まなければならないのか。参加すべきか、どうなのだ? 俺のバカヤロー! 参加してみろ! お前を苦しめている強迫観念をぶち壊せ。その為にのみ行動はある。お前はこの薄汚い実体のない殻の中に一生涯閉じ込められたいのか。お前は<静>を求めている。しかし殻の中に拘禁されている限り、お前の静は常に不安定な静でしかあり得ないのだ。お前の理想とする処、それを求めて旅に出るには、何かが必要なのだ。その何かを獲得する方法は分らない。しかしこの状態に居る限り、何かが自分から遠ざかって行くことだけは確かなことだ。
いざ立ち上がれ! 僕が行動するということは、父への反抗なのだ。僕は父を怨んではいない。しかし僕でない僕が怨んでいる。僕でない僕はいつもこの僕に不満足な顔をする。僕でない僕の為に立ち上がれ! 何かが得られる。この殻から脱出する為に、何かを得る為に僕は参加する。
かろうじて参加しました。かろうじてと云うのには意味があるのです。
実はすぐ近く迄行ったのですが、二回生の姿は見当たらなかったのです、と云うよりは寧ろ彼等を捜そうとするより前に、ヘルメット姿や、物々しく警戒している機動隊の姿が目に入り、例の強迫観念に取り憑かれ、一瞬恐ろしく不安定な感覚に見舞われ、気が付いてみると既に踵を返していたのです。ほっとした気持となんだか後ろめたい気持とが入り混じった変な雰囲気に包まれて、肩を寄せ合い或いは手と手を握りしめあった、デモ行動とはなんら関係のない、若い男女の群が行き交う中を押し分けかき分け、あたかも追い立てられているアヒルのように遁走していたのです。―私にだけしか見られない喜劇ですよ、全く! ―ところがどうです、この喜劇に更に輪をかけたような喜劇が起ったのです。正しく現代風に云えばハプニングなのですよ。まあ聞いて下さい。遇ったのです、三回生の女の人に。いくら腰抜けの私と云えども、女性の侮蔑の眼を後にして遁走する程、男性としての自尊心は失っておりませんからね。さあて困った。ところが不思議や不思議、意外にも、何らためらうこともなく、「どう行ったらいいか分らなくなって、今、道を捜しているのですが……」と、まあこんな具合にお茶を濁せたのです。こんな嘘を言ってもいっこうに感情が波立たないのですから、私もいつの間にやら悪じゃになったと、本当に呆れ返っているのです。とにもかくにも、その一女性との遭遇が私をデモに参加せしめたというような訳なのです。
参加してよかった。終った後の何とも云えない清々しさ。頭の先から足の先まで、岩間から湧き出る清水に洗い清められたような感じだった。何かが得られたのか、何も得られなかったのか、それは分らない。そんなことはどちらでもよいのだ。とにかく僕の心の中のどす黒い何かが体の外へ出て行ったことだけは確かなことなのだ。更に僕は、薄気味悪い強迫観念の殻を何としても打ち破らねばと思っている。その為にはどんな代価も払う覚悟だ。
10
- 僕の魂の中の何処かにポッカリと空いた穴がある。心の真空地帯だ。何かが崩れ、何かが蒸発した。若者の一番大事なもの―。もしそうならば僕はどうすればよいのだ。僕の心は汚された。資本主義社会の中の悪魔と僕の心の中の悪魔に…。
僕の心は矛盾している。それは誰だって同じこと。しかし僕と他者の決定的な相違点は、統一者がいないことだ。統一してゆく若々しいエネルギーが無い点だ。
何時何処で精神の空洞が生じたのか…。僕は生来こんな性格なのか。僕は老人ではないんだぞ! 僕は魂の屍ではないんだぞ! 僕は判っている……、これを問いただしてゆけばあの精神状態に追い込まれることを―。
精神の凪が恐ろしい。現在の平静な心が恐ろしい。僕は一体何をそんなに恐れているのだ! 僕の求めているものは何なのだ。
ダメだ! こんな愚にもつかないことをダラダラと書き流している自分が歯痒い。僕の心は傷だらけ。でも苦にしているのではない。
生は重い。苦しい。それでも人は生きてゆかねばならない。きれいなままで人生の幕を閉じる人はこの世に誰もいない。傷つき汚れた身体を引きずり、引きずり、血を流しながら、人はみな山を登って行くものなのだ。
君には卑屈なところが確かにある。君はそれを君が育った生活環境と結びつけている。君はそれを絶えず反芻することによって、君の心を傷つけている。過去のことをあれこれと思い返してみたところで何になると云うのだ。もういい加減に止めてしまいなさい。君の心をもっと豊かにすることを考えることだ。そう、もっと豊かにしないといけない。君の心はギスギスに錆び付いているじゃないか。美しいものに接したとき、素直に歓べるような心、そんな心こそ人生において最も大切なのではないか。
11
- 無銭乗車、見破られるとは! しかし切符を歩買わなかった僕が悪かったのだ。正確にはキセルと云うべきか―。金が足りなかったということは口実にはならないのだ。現実は甘くはないのだ。法治国家なのだから当然の帰結。
人間、無気力な状態でいると頭の回転が鈍るものだ。車掌が検札を始めたのは知っていた。だからすぐ降車して次のに乗ればよかったのに、そのチャンスはあったのに、電車が動き出し検札が再開された。隣の見知らぬ市民が車掌に何か抗議していたようだが、無気力な状態とは恐ろしいものだ。胸の鼓動もなく、不思議に何の感動も起きなかった。あの車掌、仕事熱心な青年なのだ。今の僕に比べれば、人間的にはるかに高等だ。僕の自尊心も僕に見切りをつけてどっかへ逃げて行ってしまったので、いとも簡単にこんなことが書けるのかもしれない、アッハハハ…。
やや自嘲気味―。本当は心苦しい。あの青年、学校に知らせるぞ、とか何とか言って僕を恫喝した。真面目に働いている青年から見れば、昼日中下駄をはいた学生風の男は反撥を抱かせる対象物なのかも知れない。少なくとも大学生になる前の僕なら、今の学生勉強もしないで何をやっているんだという敵意の感情を持つことは間違いない。あの恫喝には大学生に対する反撥が確かにあった。しかしあの様子じゃ、その心配はないと思う。疑りだせばきりがない。僕の心の中にはそんな希望が確かにある。しかしそんな希望によりすがらなければならない程、僕の心は堕落してしまったのか。僕はどん底だ。
若し今日のことが罰金だけですまされるのなら、これを機会に勉学に打ち込もう。パチンコで時間を潰している場合ではないのだ。自尊心も恢復するよう努めよう。万が一、あの青年が僕を学校当局へ告発した場合、当然僕は停学処分を受けるだろう。奨学金も停止されるだろう。そうなった場合、潔く退学しよう。別に未練はない。僕の魂を堕落させ、腐らせる所なのだから。これを契機に生まれ変わらねばならない。常に冷静沈着にふるまえる人は、心の奥に何らかの覚悟を秘めているに違いないのだ。
12
- 牡蠣の殻なる牡蠣の身の、かくも小さき部屋にいて、一人想うも限りある、桎梏の身こそ悲しけれ。
時に鎖は放たれて、まわりは寂寞眠れども、眠れぬままの我が神経、かすかに震え震えつつ。
いかに朝明け朝風の、光り輝き包むとて、朽つるのみなる牡蠣の身の、あまりに狭き牡蠣の殻。
花の香りにこころ融け、風のそよぎに梢揺れ、水面に映る白雲の、微笑むとてはた何ならむ。
抑えの堰も崩れはて、和音不協の渦の中、夜もまた昼も耐えかねて、愁いに閉ざす殻の宿。
されどひとたび嵐吹き、虚無の断絶裂くる日に、朽つるままなる牡蠣の身の、殻もなどかは砕けざるべき。
<=蒲原有明=「牡蠣の殻」を真似て>
13
- 必要と感じた時は、湯が沸騰し始める時のように心の深部から湧き上がってくる抑え難い感情に見舞われる。そんな時でないと、人間は生来怠惰なものであるから、我々人間は事を完遂できないのではないだろうか。或いは、完遂してやろうという強固な持続する魂を持ち続けることは出来ないのではないだろうか。そしてその抑え難い感情は、何ものかから逃れたい、或いはあるものを得たい、というこれら二つの欲情のいずれかにその源を発しているように思われる。
思うに、自我(これが真の自我であるかどうかは問わないことにして)に目醒めて以来、僕の人生は前者の欲情に駆り立てられてきたようなものだ。僕が生まれ育った生活環境から脱出したい!…この思いが常に根底にあったようだ。
この場合、物欲や名声欲に駆り立てられている限り、比較的堅実な歩みが可能なのではあるまいか。例えば何かある物が欲しくなる、その為に働き努力する、素晴らしいことではないか。すぐに得られなくとも得ようとする執念がその人に活力を与えるのだ。僕は中学時代にその執念に諦点という小さな穴を自らの手によって開けてしまったのかも知れない。
物欲、名声欲は無いと云えば嘘になるが、僕の場合、今置かれている環境から逃れ出たいという思いの方が強かったように思われる。
あの6ヶ月間、受験生の僕を支えたのは何だったのか。大学をあまりにも理想化して思い描きすぎたのではなかったか。理想の大学があの山の彼方にあると自分に言い聞かせることによって、断崖絶壁に立っている不安を和らげようとしてきたのだ。そして傷つき挫折し、何か事があれば収縮しそうになるこの惨めな魂の所有者となってしまった僕は、今何をすればいいのだろうか。勿論現在の僕は、絶壁の上で冷たい烈風に吹きさらされる状況にいないからこんなことが言えるのだろうけれども…。
「君が消極的であるのは、何か思いついてもすぐに実行に移せないのは、君の責任ではないのだ。君の少年時代を思い浮かべてみれば、君がそのような性格になったのはよく解る。君に同情するよ。しかし君は決して誰も恨んではいけない。それはいけないのだ」
ああ! そんな言葉は僕に何の役に立つのだ。聞けば聞くほど、自分がみじめになる。止めてくれ!
「決して誰も憎んではいけない。それは君の運命なのだ。そう、運命。どのように社会体制が変わろうとも、人間が人間である限り避けることのできない運命なのだ。それは君が一生涯背負って行かなければならない君の運命なのだ」
そんなことは嘘だ。社会体制が変ったとしても、僕のような運命を背負う者がいるというのですか。それはごまかしです。僕の性格は僕の家庭環境の関数、社会環境の関数だと思います。社会体制が変われば僕のような性格の者の数は減少すると僕は信じたい。そう信じます。政治問題は常に相対的なもので、その判断の基準は、現在に比べてより良くなるか、或いはより悪くなるかでしょう。ですから、僕の運命の重さは、社会体制が変革することによって、より軽くなるだろうと思います。
「そう思うのなら、君は何故、体制変革に身を投じないのだね?」
あなたは卑怯な人だ。あなたは僕の性格を知っている。そしてその原因も解っておられる。だから僕に同情してくれるのでしょう。一体どのようなお気持から、そんなことをおっしゃるのですか。それは皮肉ですか。あなたは卑怯だ。丁度、幼年時代に牙を抜き取っておいた虎に向かって、生れ故郷がそんなに懐かしいのならもとの野生の王国で暮らせばいいと言っているのと全く同じことです。と同時にあなたはその虎を憐憫の情で眺めている。そこが卑怯だと言うのです。僕はもうあなたの言葉なんか聞きたくない。同情のぬるま湯をそんなに上から垂れ流さないで下さい。僕は独力でこのどす黒い泥沼からはい上がってみせます。僕は自分の過去や自分の性格を運命だと言って片づける程広い心は持っていません。僕の過去についてあれこれ思うことに、もう飽きてしまいました。僕の眼前には扉があります。それはきっと未来に通じている筈です。僕はこれを自分の力で開けるつもりです。残された大学生活は、自由奔放に僕自身の思いを巡らすことにします。卒業するまでに何かをやり終えねばならないということはない。技術者(研究者?)となる為の準備期間ではないのですから。人間として、本当に人間として、豊かな感情の持ち主になる為に与えられた貴重な時間と考えることにします。人間の醜悪な面も美しい面も、我々人間の生活を成立せしめ、人と人を結びつけている感情の微妙なリズムも全て感知出来る能力を養う時期と考えることにします。
14
- 太陽が頭上からカンカンと照りつけている。雲ひとつない昼下がりだ。汗がとろとろ流れてくる。僕はポケットに手を入れて昨日自分で洗濯したハンカチを取り出す。僕のハンカチ、これが僕のハンカチなのか? そうだ、僕のハンカチだ。汚れているのを僕が昨日石鹸でていねいに洗ったのだから。どうしてあんなにシャボンができたのだろうか。虹色に輝くシャボンの光が一瞬僕の目に突き刺さった。その時僕はそのシャボンに軽蔑されていると思った。そうだ、その時のシャボンの光りは僕を冷笑する光りだったのだ。まだこのハンカチに昨日のシャボンがくっついているかもしれない。僕は取り出したハンカチをていねいにたたんで反対側のポケットにねじ込んだ。
暑い、全く暑い。額から流れ出た汗が眉毛の端を通って目の中へ入ってくる。情け容赦なく侵入してくる。イタイ。眼球がヒリヒリする。その瞬間、僕の脳裡に今朝の新聞に黒々と報道されていた記事が浮かび上がってきた。自動車の排気ガスの中には、エンジンのノッキングを防ぐ為に四エチル鉛という物質が混入されているのだそうだ。その四エチル鉛という奴は大変な有毒物質なのだ。僕の眼球がヒリヒリするのは、そいつのせいかも知れない。だとすると、僕の眼が、いや僕の身体がそいつにやられる! 死! 僕という存在がこの世から消滅してしまうのだ。僕の心は恐れ戦き新たな不安に包まれた。と同時に背後から誰かに銃剣を突きつけられているような感覚に見舞われた。その瞬間僕の全神経がある一点に集中したかと思うと、どうしたことか、その緊張が弛んだ。なんだ、それだけのことか。僕が満たしているこれだけの空間がぽっかりと穴が空いたようになる。ただそれだけのことなのだ。この雑踏の群の中で、こんなちっぽけな僕が一瞬に消滅したところで大したことではない。誰も僕のいなくなったことなど、気付きはしないのだから。
僕は歩いている。ふとこのことに気付く。何処へ?……知らない。僕は歩いている。エスカレータの上を歩いているような感じがしないでもない。がしかし、僕は今現にこうして足を交互に動かして歩いていることは確かなのだ。もしかすると僕が今歩いているこの道は、花の香りが充満し、小鳥のさえずりや小川のせせらぎが一つの交響曲を奏でているような森、青紫の幽かな霧がゆるやかに流れ、その間からロココ風の古い宮殿が突如姿を現す森へと連なっているのかもしれない。遠くの方にこんもりと繁った森が見えてこないのは、僕の眼が四エチル鉛にひどくやられて、視力が低下しているからかもしれない。そうだ、そうに違いないのだ。あんなに高いコンクリートの塊がそんなに長く続く筈はないのだから。あり得ることだ。だとすると、ずっしりと重そうなアスファルトの道に吸いつけられるようにして交互に動かしている僕の足の動作は、無意味ではないことになる。急ごう! 僕が一番乗りするのだ。僕は足の動きを速めた。僕はアスファルトの黒い狡猾そうな顔を思いっきり蹴りつけるように進んだ。するとどうだろう、僕の後を歩いていた奴も同じように足を速めて来るではないか。彼もやはり僕と同じように宮殿の女王様から謁見の許しを得ているのだろう。こうしてはいられない。女王様もひどいお人だ、こともあろうにあんな男のどこがお気に召したのだろう。
僕は必死になって歩く。前方から次から次に押し寄せて来る障害物に危うく正面衝突となるところをうまく身をかわし進んでいく。身をかわすことが出来なくてぶつかり、躓き、方向が45度曲げられることもある。その度ごとに、なま温かい汗の飛沫をかけられ、背筋が寒くなる。時にはむんむんする厭な体臭が臭ってくる。青く縁取られた帯のようなものの下で、真っ黒い眼と真っ白い眼が突如クローズアップされたように現れ、一瞬ギクリとすることもある。だが僕はそんなことにかまってはいられないのだ。僕の現在の唯一の関心事は、僕の後を追っかけてくる僕の競争相手にいかに差をつけることが出来るかということなのだ。僕は懸命に僕の足に号令をかけた。どれほど経過したであろうか。僕は後を振り向く。僕の追走者は僕の後の方で小さくなっている。これで一安心だ。休みたい。と思うのも束の間、僕は僕の前をいそいそと歩いている男の姿に気が付く。彼もまたあの宮殿へ行くのでは? ふとこんな思いが僕の脳裡をかすめた。休めない。僕の心の泉にまたしても大きな石が投げ込まれ、僕は焦燥の不気味な波の虜になった。何としても前の男を追い抜かねば!……、あの婦人はどうだろうか?……、その前を行く白髪の紳士は?……、あの学生服の男は?……、僕はもう狂乱状態になって走っていた。
15
- 人の心の奥は他人には絶対解らない!……解ってもらえない。
昨夜、クラスの一人から電話があった。僕は姉の家に行っていて留守だった。今朝8時に杉本町の駅で待っている、それだけだった。今朝目が覚めた時、親父から聞いた。僕の頭はザクザクと疼き始めた。あの、いつも経験する精神状態に突入したのだ。機動隊導入の件につき抗議集会をするから参加せよとのことだろうと思った。新聞を見ると案の定、学長が機動隊を要請すると報じていた。8時を少し過ぎていた。
駅に着いたのが8時35分頃だったろう。クラスの者は誰一人見かけなかった。駅から正門までの道、人でいっぱいだった。その時の僕は野次馬以外の何者でもなかった。物々しい警戒ぶり。強い衝撃で心臓は激しく鼓動していた。美しく夢に描いた花壇の中へずかずかとジュラルミンの盾を持って侵入してきたのだ。それを見ている僕は何もできない。むしろ怯えている。<一体守るべきどんな花があるというのだ!> 時計台の塔から真っ赤に燃える炎が空に弧を描き落ちてくる。どす黒い煙が立ちこめる。あれは正しく戦後の大学の姿だ。もっと燃えるがいいんだ! もっと。どす黒さをすべて吐き出してしまえ! 全てなくなるまで。………。
勤めを辞め、受験に取り組んだあの6ヶ月間の努力は一体何だったと云うのだ。すべては空しい。犠牲の多かった6ヶ月。今日のあのどす黒い煙と炎に包まれた大学を見るために入って来たのか。この日のために、高校時代の腐朽した絆を断ち切ろうと努力したと云うのか…。
工学部の玄関の方を見ると学生が200人位座り込みをしていた。機動隊導入抗議のためだろう。クラスの何名かは、恐らくあの中にいるのだろう。僕はそこへ行けない、自らの意志て行くことは出来ない。と分かると同時に、急に心が締めつけられ救いようのない嫌悪感に捕らえられた。僕は野次馬だ。<そうだ、お前は野次馬だ。臆病者だ! 全共闘に結集する学生と機動隊との攻防戦を、テレビでは迫力がないから実地見物に来たというのか! お前は卑怯だ!>
僕はその場にいたたまれなくなった。前方から波のように押し寄せてくる人の群の中を泳ぐようにして来た道を引き返した。途中四回生の一人に出くわした。ただ会釈をかわしただけ。彼を険相な顔付きをしていた。座り込みで抗議の意志を表示をするとでもいうのだろうか。
僕には後から割り込んでいくことは出来ない。抗議行動にはそれなりの意味はあるのだろうが、逃げまどう一人の男……、それが僕ならば、そんな屈辱的なことはしたくない。そうだ、そうなんだ! 僕には屈辱的なことなのだ。
機動隊が大学構内に踏み込んでくることが、自分にとって何か大切なものが傷つけられることにつながるのか。そんな危機意識が僕にはあるのか。もしあるのなら、逃げまどう男のイメージが湧き上がってくる筈はない。抗議に立ち上がり逮捕される結果になったとしても悔いることはない。ところが僕には逃げ惑うという屈辱的な自己の姿が目に浮かんでくるのだ。このことは誰にも分からない。神のみぞ知ることなのだ。このことを誰かに解って欲しいとは思わない。そう思ったその時点から、僕は僕の過去、僕の重い歴史を荷って行かなければならないのだと覚悟したのだ。
学生と機動隊とのイタチゴッコ。あれは僕の小学四年生の頃から中学へ上がる頃まで続いた、僕と親父との間で戦われた争いと全く同じなのだ。
学校へ行く迄の1時間、帰宅後の1〜2時間、僕の家はその当時、模造真珠用のガラス玉製造に従事していたのだが、下回りの仕事を手伝わなければならなかった。少年の僕はそれを、人が朝起きて顔を洗うように習慣の如くやった。さそいに来てくれる友達を先に学校へ行ってもらったことが時々あった。遊びの約束を断ったことも幾度があった。少年はその仕事が嫌だった。報われることがなかったからだ。
あの頃はみんな食べるために、借金を返済するために精一杯だったのだ。借金の利子を払うのにまた借金するという苦しい時もあった。金の工面はすべて母の役割だったようだ。厭なことがあったのだろう、悔しい思いもしたのだろう、泪ながらに愚痴をこぼしていた母の姿が目に浮かぶ。小学生の頃から子守り仕事をしたという母。妹と二人で苦労して建てた家を、知らないうちに兄に売られてしまったと云う話しを聞いたことがある。妹の叔母さんは好きな人に手紙を書くために勉強して、新聞は読むことが出来る。母はカタカナしか書けなくて、ひらがなしか読めない。大工さんと結婚し女の子を出産するが、その直後に夫が亡くなり、初めて産んだ子供とは引き離されてしまった。その後、親父と再婚するが、結婚当日までお互いの顔も知らなかったらしい。母の人生は一体何だったというのか。一昨年、右足の付け根の骨が痛みだし手術した。そのため足の長さが少し短くなり、今はびっこを引きながら歩いている。そんな母の姿を目にすると哀れでならない。これは僕の一面の感情だ。決して僕はこのような人間ではない。
ふくれっ面をし、目に涙を浮かべ、嫌々やっていると、よく親父は「また泣いている! そんなに嫌なら遊びに行ってこい!」と言って少年に襲いかかった。親父の硬い手の甲で平手打ちを何回となくくった。それが恐ろしくてビクビクしながら泣いた。ガラス玉を糸へ通す作業を嫌々ながら仕方なくやった。常に少年の視線は親父に注がれた。親父が襲いかかると見るや、少年は一目散に逃げた。夢中だった。夜遅くまで帰らないことも幾度かあった。僕の頭の中には、誰かが迎えに来て優しい言葉をかけてくれたというような光景は,(多分あったと思いたいが)全く残っていない。
学生と機動隊との攻防戦を観ていると、少年の頃親父から逃げた思い出が甦ってくる。今年の1月、東大安田砦の攻防戦をテレビで観た数日後、急に不安になり誰かに背後から銃剣を突き付けられてているような恐怖に戦いたのは、僕の潜在意識のなせる業だったのだ。今日はっきりとそれがが解った。
16
- 何かの幻影が僕の脳裡に生じても、近頃ではすぐ消えていってしまう。それに対して僕は全くなす術を知らなかった。ただ呆然として自分の無能力、無気力について嘆き、自己嫌悪の泥沼の中へ落ち込んで行くしかなかった。ある幻影(微かな希望)が生じても何故すぐに消滅していくのか。この問いかけが僕には欠如していた。徹底的に問い詰めることを忘れていた。僕には自我というものが無かったのだろうか。いや、無かったのではなく、自我を支える精神的な枠組みが崩れ去り、壊滅しつつあると云ってよい。精神分裂症的精神状況の一歩手前にいる自分から脱出するには、新しい自我を確立しなければならない。このことは現在の僕に突きつけれらている急務の課題なのだ。僕はこれから自我の分析に取りかからなければならない。
自我とは一体何なのだ。問われている自分は捉え難く底なし沼のようだ。だがそのように感じつつ問いかけている自分は何なのだ。分からない。将来に対する明確な目標を持ち努力している人間には確かな自我の存在が感じられる。彼を行動に駆り立てる原動力は何か? 欲望だろうか。欲望に支えられ、欲望を制御している奴が自我なのか。
欲望―欲する、望む。僕は今、何を欲し何を望んでいるのか。将来の自分の姿をはっきりと思い描くことが出来ているのか。僕はやはり自然科学の道を歩んで行くしかない。他の可能性の中に自己を見いだし得る確固たる自信がないからだ。この態度はしかし何と消極的であることか。僕の知的好奇心を激しく刺激してくるような何か面白い課題はないか。それは自分で探し出すこと―。見つけだせないから自分という者と化学者という者とがうまく混交しないのだ。
僕の心の眼は何時から未来を見ることを忘れ、過去ばかり見つめ始めたのだろうか。真に喜び、本当に歓喜したことのない過去に何故引き込まれてしまうのだ。苦痛と憂鬱の繰り返し以外のなにものでもなかったじゃないか。数学に対する幻想が崩れ去った後、別な他の道を見いだし得ず、ただ意気消沈して、廃墟の中で喘ぐしかなかったのは如何なる理由によるのか。この問いに対する解を探し求めて長い間苦労してきたが、それは最も簡単な言葉で集約されるのではないか。僕にはあまりに欲望が無さ過ぎた、と。これは僕の過去に厳として連鎖している。僕の少年時代の家庭環境に起因する。<そんなこと望んだって、結局ダメなんだ>―僕の消極的な性格はすべてこの発想に由来しているのだ。
総目次へ戻る