上梓【2009.5.17】
 | あとがき |  |
(一)
- これは私の青年期に私自身によって秘かに演じられた私の心の内のドラマを述べたものである。
昭和44年の早春教養部校舎が封鎖され、その年の秋機動隊導入によって封鎖が解除されるまでの時期が「講義のない日々」に、翌春新学期が始まった頃から私が大学を辞める9月の終りの頃までが「道草の日々」と「最後の日々」にあたる。
もう23、4年前のことを何故今になって蒸し返すのか。
青年期に起った心の出来事が私のその後の生き方に何らかの影響を与えていると今でも思えること、またその頃感じていた<虚しい>という感覚が長い間ずっと私について離れなかったのが、40代に入った頃から消えて行ってしまい、今ならあの頃の出来事をある程度は客観的に眺められるのではないだろうかと思ったことが、このような文書として纏めてみるに至った動機と言えるかもしれない。
我々団塊の世代の何割かが経験したあの大学紛争という社会的出来事が、戦後の日本の歴史の中でどのような意味があり、どのように評価され位置付けられるのかという問題もあるだろうが、私の関心は、そのような時代的或いは社会的影響があったとはいえ、あくまでも私個人の心の成長の歴史において一時期を画した心のドラマとして、これを出来るだけ客観的に考え直してみたいという点にあった。
しかし、自分の心は客観的に眺めることはやはり難しいものだなあ、というのが書き終えた今の感想である。自分の性格で変った面と、依然として変らずに残っている面をよりはっきりと知ることが出来たことは収穫であったのではないだろうか。
20年と云えば一昔。一昔前の出来事などはほとんど忘れ去られていることの方が多いのではないだろうか。その一昔前の大学紛争の時期をこのように過ごしたのだという私のささやかな体験を主張したくなったのが、一冊の本にする理由である。
1994年4月14日
柿本実稚
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