梵信の平々梵述

★ 2010年 ★


 2月 

2月1日(月) 小雨
 昨日ちょうど1年と7ヶ月振りに働いた。つまりその対価としての金を貰う仕事をしたのである。身体よりもむしろ精神面を多く使う仕事、しかも約16年間も離れていた仕事だったので、多少緊張感もあり、疲れを覚えるものとなった。途中、頭はのぼせの状態になり、ふらふらする感じにはならなかったものの、終わった時は軽い頭痛があった。その影響なのか、明け方にみた夢はかなりネガティブなもの…。しかしその嫌な感覚は起きるとすぐに忘れてしまい、さいわいにも体調に悪い影響を与えることはなかった。

 この仕事は2月7日(日)にもう一度ある。大阪府のある都市が子供(中学生)の学力向上に向けて、プロジェクトを立ち上げた。私もその試みに賛同し、その講師として登録したのである。今はその準備期間だとか。恐らく5月から本格的に実施されるのだそうだ。

 これからは徐々に、身体を主に使う仕事であっても、やれそうなことは意欲的にやっていけるように、心も身体も慣らしてゆこうと思っている。
2月2日(火) 晴&曇 【姪へ】
 正月には芽依の顔を見ることがなくて、残念でした。その後の身体の調子はどうですか…。
 兄(叔父)ちゃんは昨年の10月に、ふらふら感に見舞われ診てもらうと、自律神経失調症と言われましたが、精神安定剤を処方され、今は普通に戻っています。4、5年前、宿直した朝の帰宅時に、急に眩暈に見舞われ、一瞬歩けなくなったことがありました。病院でいろいろ検査を受けましたが、原因は判らずじまいでした。その後、立ち眩みのようなことは度々ありましたが、そんなに気にしないできましたが……。ストレスかも知れません。病は”気”から、と言うでしょう。その”気”の安定が崩されると、ふらふら感となって現れるんじゃないかな、と思っています。
 芽依が生まれる少し前、兄ちゃんが20歳代の頃、理系の大学を自主退学し、文系の大学受験を志していた頃、兄ちゃんにとっては一番苦しい時でした。その頃は日記をつけていて、自分の心の内(厭なこと、不安なことも含めて)をみんなノートに書き出していました。鬱屈した思いを吐き出すことで、心の安定を得ていたのだと思います。
 その頃のノートを見ていると、次のような「柿の実」という詩(らしきもの)が眼につきました。

風は吹いてはいないのに
ポトリ!…
と鈍い音たてた

柿の実 柿の実
悲しの実
これからどこへ
行くのです……

つゆさめ つゆさめ
つれなくふるな

柿の実
頑(カタ)い顔をして
凝(ジッ)と何かに耐えている

 ネットでこの詩と何か関係があるような短編小説を見つけました。面白いかな、と思い、コピーしたものを同封します。読んでみて下さい。

 芽依の体調が回復したら、また二人でカラオケで歌いたいですね。それとも、兄ちゃんが6年ほど前からやっているハイキングに芽依と一緒に歩いてみたいですね。

 強く心を整えて、自愛なさい。もうすぐまた春が巡ってきます。
                    (還暦を越してしまった)兄ちゃん、 梵信
2月3日(水) 晴&曇  【内臓波動 と こころ】
 最近は朝方よく夢を見る。それもあまり感じのよくない夢だ。今朝のは何か不安を掻き立てられるような夢。夢の中で何処か判らないが、自分が住んでいるアパートの部屋の前に数人の拝み屋の様な人が来て、それが窓越しに見えている。不安になって兄らしき人に助けを求めようとしているが、聞いてくれないと思っているからなのか、不安が高まっていく中で……、それで眼が覚めたような感じ…。

 その後、すぐに眠りに入れなくて、色々と思いを巡らしていた。ふと思いついたことがあった。それは一昨日、昨日と続いていた右脇腹下の違和感(今回は少し痛みが伴なう)の原因は結石の兆候ではなかったか…、まだまだ小さい石だからそれ程の痛みはない、と。
 昨日、山田洋次監督作品『おとうと』を観ようと天王寺に出た。ほぼ満席なので、次の時間の券を買い、喫茶店で本を読み時間を潰すことにした。30分前頃にその茶店を出て小用をたし、入場を待つ。やっと映画が始まり、その半ば頃(小用約2時間後)に急に尿意を催し、トイレへすぐに行ったが、出る量が多かった。観終わった後で、またトイレへ行ったが、その時もう大丈夫だという感覚を得た。あのちょっとした解放感は何だったのか。今思うに、あれは詰っていた石が出た時の感覚があのような感想になったのではないか…。

 調べてみると、2004年の12月、宿直で仮眠をとろうと横になると、急に右脇腹が痛み出した、が1時間位で治まった。盲腸炎ではないかと思い病院へ行ったことがあった。血液検査、腎臓のエコーによる検査、大腸のX線撮影等をしてくれたが、原因不明であった。この時のことを思い出し、調べてみると、
エコー検査では、詰っている石が映るのではなく、石が詰ることによって腎臓に腫れが生じる、その腫れや膨らみがあるかどうかを観るとか。
 というメモ書きがあった。ということは、石が出てしまい腫れが無くなると検査異状無しとなる訳だ。40歳代の前半にも右脇腹の違和感があり、前立腺肥大ではないかと疑い診て貰ったこともあった。この時は触診であったので恥かしさもあり驚いてしまったが、これも異状無しであった。

 私の場合は、腎臓に異常があるのではないか、まだ石は小さいので、何か変だな、という程度であったのではないか。そしてあの時に感じた「もう大丈夫だ」という感覚は、石が出て行ってことを知らせる臓器がからの報告ではなかっただろうか……。

 人の心は内臓感覚の現れであると、解剖学の三木茂夫という学者が主張していることを、吉本隆明さんの本で紹介されているのを読んだことがある。臓器の波動の状態が人の心の状態を左右する、ということなのだろう。あの時の何故かもう大丈夫だという、妙に思えた感覚は、腎臓(かどうかは判らないが)からの波動がそれまでとは違ったもの、通常のものに戻ったことを一瞬感じ取ったからなのではないだろうか。

 右脇腹下の違和感は、今回は痛みが少しあった。これからは違和感ではなく痛みが強くなってゆくかも知れない。要注意、要注意。
2月10日(水) 曇後小雨  【老人医療における”配慮”の眼差し】
 精神安定剤(コンスタン0.4mg錠)がもうすぐなくなるので、病院へ行く。今日は、主治医の先生は聴診器を身体の数ヶ所に当てた後、ベッドに寝かせ両膝を立てさせ、血圧を測定した。(これが患者の血圧を測定する時の正当なやり方ではないのか?…)上は148ですね、と今日は言ってくれた。

 実は1月9日に診て貰った時は、面と向かう状態で血圧の測定が行われた。高いね、血圧降下剤も1ヶ月分処方しておきます、ということであった。
1月10日(日)帰宅後、パソコンを触っていると(16:50頃)、急にふらふら感に襲われる。最初は頭の状態が不安定、それが10分位で終った…、その後蒲団の中へ潜り込みしばらく横になっていたが、起き上がり、座椅子に座りテレビを観ることにする…。その後も立ち上がると、不安定で不安感が続く。1時間半後(18:30頃)、立ち上がっても、不安はあるが、大分和らいだ感じでなので、夕食を作って食べる。コンスタンを飲む。21:00頃には完全に普通の状態に戻る!…もう大丈夫だ。
 今朝、初めて飲んだ【血圧降下薬:アテレック錠5】が原因か?!……。判らないが、明日から服用は止めようと思う。
 不覚であった。何故あの時、高いって、どの位なんですか?と訊かなかったのか。それに、会社での定期健診等で自分では低血圧の方だと思っていたのに、しかも若者の「起立性調節障害」の原因のことを考えてみても…、更に、血圧降下剤とは毛細血管を弛めることで血圧を降下させる薬なのだから…、等と素人なりに自分の判断ミスを悔いた。判断ミスと言うよりか、主治医の言うことを理解検討せずに、言うがままに従った自分が悪いと思っている。今日のように150位では血圧降下剤は出さないらしい。と言うことは、あの時160か、それ以上だったのかも知れない。主治医の方も患者に問いかけることなく、この患者は高血圧だと思い込んでしまったのだろうか…。私の主治医はその病院の責任ある地位にある人とか。患者さんの数も多いようだ。
 その後、市の特定健康検査の結果を聞きに行った時、その主治医には血圧降下剤はそれ以後飲んでいないことを報告した。先生はその時の詳細は訊いてはこなかった。以前過去の経緯を話していて、あなたの話を聞いていると時間がいくらあっても足りないよ、と言われ、ちょっとむきになったかなと反省したことがある。それで患者としての素人判断は専門医の判断と一致したのだと理解することにした。

 今年になって、抜けた差し歯の治療に歯医者に通っている。先週、左下奥の被せてある歯が痛み出し、医師は歯茎が腫れているからだということであった。被せてもう数十年にもなる。恐らく内部が腐りだし、痛みはその為ではないかと想っていた。何故なんだろうか? そういえば、歯の掃除をしましょうということで、助手の人に3回に分けてして貰った。ふと疑念が湧く。掃除の際、歯茎を傷つけてたのではないか。そこから菌が侵入し痛み出したのではないか…等と。証明する手段は何もないのだが…。
2月6日(土)昨夕、歯茎の痛み止め薬、オラセフ服用。コンスタンは飲まなかった。歯茎の痛みがあったためか、熟睡できなかたようだ。今朝起き上がると、耳のボアーン感。昨年の10月ほどではないが…。コンスタンを飲み、いつもの如く蒲団に入り、CDを聴きながら、10時半頃まで横になる。うとうとすることもあった。昼食後の今は、耳の違和感は少しはよくなったような感じ。オラセフの影響かと想い、朝食後は飲まず。昼食後の今、まだ痛みを感じるので、オラセフを飲む。
 翌日の日曜日はこの前の日曜日と同じ、1年と7ヵ月振りの仕事。朝、歯茎の痛みはまだあったようだが、昼食後にオラセフを飲み、それが効いたのか、その後は仕事に夢中になっていたので痛みの自覚は全くなく、帰る途中で痛みが無くなっていることに気づいた。

 今日は主治医には何も言わないでおこうと思ってはいたが、帰り際につい、言葉にしてしまった。主治医の反応は、それは歯医者の問題です、歯医者さんに言って下さい、と思いの外そっけない。オラセフはセフェム系の抗生物質製剤だと説明にある。自律神経失調症の原因は特定されていない現在、内科医なら何らかの興味を示すのではないかという淡い期待があった為か、ちょっとした失望感を味わった。また血圧降下剤を飲んだ日のあのふらふら感、何故なんですか!…血圧降下剤を服用したからですか、でなかったら何故ふらふら感に襲われたのですか?……、このように問いたい気持ちを押し殺した。言ってみたところで、先生も困ってしまうだろう。しかし何がしかの説明はして欲しい、というすっきりしない鬱屈とした思いは患者側には残ったのであった。
 私はかなり神経質になっていたようだ。会計を待っていた時、隣の老夫婦の旦那さんが暑過ぎるので外で待つと言って出て行った。我が意を得たりと思い、通りがかりの看護婦さんを呼び止めて、この病院の温度設定はどのような基準でなされているのですか、等と問い詰める(?)始末……。
 その老夫婦の奥さんと話していると、主治医は私と同じ先生であることが判明。あの先生は何処そこの大学を出られ…、患者さんに優しいいい先生ですよ、云々……。そうか、そうなんだ。慥かに5、6年前のこの病院の内科の先生は、いろいろと検査(脳の血管のMRI等)はしてくれたが、終には病名は何にも言ってはくれなかった。その先生に比べれば格段に違っている印象を受けていることは慥かだ。
 この薬はね胃の、これは何の等と小さな入れ物を取り出して説明してくれる。老いが進むに伴い、病名もいろいろと伴ってくるのだろう…か。

 このような精神状態であったので、薬局で薬を待っていた時も、内心はかなり興奮気味であったのだろう。薬を持って来てくれた薬剤師の方に、心の鬱憤を晴らすかのように、あれやこれや、いろいろと喋っていた。途中でふと気づき、聞いてくれていて大丈夫なんですかと確認を入れ、くだくだと15分位だろうか、喋ってしまった。嫌な顔一つせずに聴いて下さった薬剤師さんには本当に感謝しております。有難う。

 還暦を過ぎ、これからの私もまた、様々な老人医療の体験を重ねていくことになるのだろうか…。老人医療に限らず、医師と患者の関係には<信頼>がなければ良好な治療行為は成立しないのではないか。患者も疑いの眼で医師を見るのではなく、医師も嘘偽りなく正直に語りかける、そうした雰囲気の中でこそ信頼感は醸成されいくのだろう。
 病気の治療には、特に老人医療においては、医師からの”配慮”の眼差しが特に必要なのではないだろうか。長い人生体験を潜り抜けてきた老人だからこそ解る、或いは感じ取ることができる、その眼差し。患者は心を開き、医師は患者の今の状態の把握が容易になり、患者は納得して医師の処方を受ける。これは最近私が病院通いを通じて滲み出てきた私の個人的”夢”物語なのである。



 5月 

5月28日(金)
 堺女性大学の授業「堺考古学・歴史探訪」は継続して受けることを止め、今年は「フランス語入門」の授業を受けることにした。今日はその授業の初日であった。
 アルファベットの発音から丁寧に教えくれたのは有り難いことだ。FとRの発音が同じように聞こえたのは少なからずの驚きであり、また新鮮な刺激として受け取ることができた。Rは英語と同じように、フランス語でもアールと思っていたこともあるが、それがエールだと判った後でも、FとRの音の違いは聞き分けられなかった。フランス語の音の響きにもっと意識を集中させて聞き取るように心がけないといけない思う。
 その後、自己紹介のフレーズを……。
 はじめまして。  Enchanté(e).
 私の名前は ... です。  Je m'appelle .... .
 私は日本人です。  Je suis japonais(e).
 私は堺市に住んでいます。  J'habite à Sakai.
 定年退職して2年です。Je suis retraité(e) depuis 2 ans. Et vous?
 [主婦: femme au foyer] 等々。


 6月 

6月22日(火) 【ひとり暮らしのおばあさん】
 梅雨の曇り空や小雨の日々が続く中で、今日は薄曇の空から日射しが久し振りに顔を覗かせてきそうな昼過ぎ、いつものように気分転換をかねて大泉緑地へ散歩に出かけべく部屋を出た。
 自転車置き場で隣の階段に住むおばあさんに出くわす。いつものように天候のこと等、ちょっとした言葉を交わしたが、この日は何故か話しが続いていく。別に急ぎの用があるわけもなく、あいづちをうちながら適当に言葉を返していくと、同じ階に住む人のことを悪く言い出してきた。
 聞いていると、来年は階段の世話役をするように言われている、それを強く言ってくる人がいるようだ。あの人は古株で何でも独断で決めている、もう80歳を越えている私にやらせようとしてくるのだ…。どのように聞きとめたらよいのか判らず、こちらとしても徐々に苛立ちが募ってくる。正直すぐその場を逃げ出したい気持も生じ始めていることを自覚したので、率直に言うに如くは無いと思い、僕にはおたくの階段でどのような規則で世話役を決めているのか解らないので、悪いけど何とも言えないわ…、とちょっと突き放してみる。すると、世話役はしたくないということではなさそうだ…、という言葉が返ってきた。逃げ出したいと思ったことを少し反省する。
 あの人(息子と孫の3人暮らし)は孫を自転車に乗せて遊びに連れ出して行くときなど、挨拶しても一言も返ってこないの、完全に無視されてしまうの…、それが腹が立って腹が立って仕方がないの…。いつも不安で、淋しくてしようがないのよ……。尋ねると、ひとり暮らしだと言う。娘は東京、息子は離婚してひとり大阪で暮しているそうだ。
  息子さんは1年に何回かは来てくれるのだそうだ。聞いていると、息子も全く母親を無視してはいないようだ…。それで、思い切って言ってみた。おばあさん、僕みたいな他人にそんな愚痴を言っても仕方ないですよ。息子さんはお聞きしているととそんなに悪い人ではなさそうだし、血の繋がった親子じゃないですか、淋しいんだよ、と正直に息子さんに訴えてみてはどうですか…、きっと何らかの言葉が返ってくると思いますよ…。
 そのおばあさんの怒りを秘めた愚痴っぽい顔の表情が大分変わり、いつものように人のよさそうな表情を確認して、僕はその場を離れたのであった。
 これから先の自分の姿(いや現在の自分の姿かもしれない…)を見せつけられたようで、内心穏やかではなかったが、おばあさんとの間で心が少しは通い合ったのかな…、と思えて、幾分気が軽くなったような思いがした。






 8月 

8月1日(日) 晴
 先月17日の梅雨明けから、連日猛暑が続いている。夕方帰宅時の室温の記録を見てみると、19日が32℃、その後、32、32.5、33、33.5、34、34、34、33、32、30.5、31.5、32と続き、今日は32.5℃であった。今朝は昼までクーラーをかけた。2度目である。去年も一昨年も午前中にクーラーをかけたことはなかった。今年はそれ程に暑いのか、起床時に耳の違和感が少しあるのを気づかってのことによるのか…、朝から室温が30℃を越えてしまうのだから、無理をしないで身体を気づかった方がよいと思っている。

 午後になると、部屋から追い立てられるように外に出る。気分転換のためもある。大泉緑地内を1時間弱歩き、木陰でしばらく読書して、その後図書館に入る。公園内の読書の時間は、涼しいと感じる時でも蚊の襲来などで短くなったりもする。図書館では居眠りをすることが多くなっている。猛暑による睡眠不足が影響しているからだろう…か。

 帰宅して、窓を開け放ち外の空気を入れると室温は0.5℃位下がるが、夕食の準備にガスの火を使うとたちまち元に戻ってしまう。ベランダに出て外の空気に触れると、室内よりは涼しく感じられるのだが、風があって部屋に空気が入ってきても室温はめったに下がらないようだ。夜はクーラーを入れ室内の温度を下げても、本を読んでみようという気は全く起らず、今取り組んでいる仏語の勉強も毎朝しているのだから…と思うからか、ダラダラとテレビを観てしまう。

 このような日常を過ごしている自分を、ふと外から見詰めている自分を意識することもたまにはあるのだが、見ているだけなのである。猛暑がそのような自分を評価する気を弛めてしまい、だらけた状態の中に今の自分は居るのではあるが…、しかし、そんな中でも、何かに耐えている自分もいるような気もするので、それで良しとするしかないか。


8月2日(月) 晴 猛暑  【和泉黄金塚古墳】
 昼前にクーラーが切れると、すぐに室温は32.5℃に上がってしまった。軽く昼食をすますと、すぐに家を出て、大泉緑地へ――。
 昨日よりも今日のほうが暑い。歩いていて、汗の出方で判る。1時間ほど歩いた後、いつもの木陰のベンチに座る。歩いている時は気づかなかったが、風が意外にあり、汗で気化熱が放出され、涼しい。汗が止まると、それ程でもなくなるが、部屋に居るよりは、やっぱり自然の中の方がいいと思う。

 『古代史の迷路を歩く』(黒岩重吾著)を読み直している。かつてはこの本の中で取り上げられている古墳や神社仏閣などを、実際この目で見てみたいと思い、京都や奈良のあちこちを歩いたものだ。
 氏は「筑紫の日向王朝が東征し、河内に応神・仁徳王朝を樹立した」という仮説のもとに、古代史の闇に光を差し入れようとしている。古事記は梅原猛氏の訳で読んだだけの私には、細かい議論についていくのはなかなか難しいのだが、次のような箇所に出くわすと、心がときめく。
 私は『記・紀』に記述されている神功皇后は、これまで述べたように、創作された人物である、と考えている。ただ、神功皇后説話に、何等かの原伝承(神功皇后とは無関係)があったのではないか、という点については、たとえそれが夢物語的なものであっても、完全に否定し切れない。その一例として前節で和泉黄金塚の例をあげたが、四世紀末、五世紀初頭の前期古墳の被葬者中、司祭者的また巫女的な女人と思われる人物が、武人的性格を持つ首長よりも、別格の扱いを受けて葬られていた、という事実は、古代の一部族国家を考察する場合、重要な問題を提起しているように思われる。
 『魏志倭人伝』によれば、二世紀の倭国は大いに乱れていたが、卑弥呼がそれを鎮め、卑弥呼の死後(三世紀中頃)再び乱れるが、台与を女王にして再び倭国の乱れは治まる、とある。その後、四・五世紀の古墳時代へと入って行くわけだが、この間各地の豪族間でどのように合従連衡が繰り返されていったのだろうか……。北九州の豪族の中には大和へ東征する有力な豪族もいたであろう…。また日本海側の越と呼ばれた地域の豪族、例えば出雲の豪族なども大和に進出したであろう…。そうした豪族の中には、邪馬台国のように、巫女的な女性を中心に纏まった集団もいたであろう。
政治的な制度として日本の神話が天皇の在り方について記載するところをさかのぼればのぼるほど、ある制度が顕著にみえてきます。この王制は兄弟と姉妹で占められています。例えば王家の姉妹とか叔母とかは、一種の巫女で、神の御託宣をうけて、その巫女のお告げにしたがって兄弟が、政治を司る、そういう形が神話からみえてきます。例えば神話の記載の中で、アマテラス オオミ神という女性がいて、神様にとり憑くおおきな力をもって種族の母の役割をしています。そして弟にはスサヲノミコトという男神がいて、二人で「国生み」をするかたちがみえます。そういう制度のかたちは村落の下の方でもあったといえるのです。王家でいえば姉妹の方が神様のお告げをとりついで、それに従って兄弟の方は政治的な制度を運営することになります。
吉本隆明 「わが歴史論 == 柳田思想と日本人 ==」
 黄金塚古墳は大阪の和泉市(合併される前は、泉北郡信太村上代(ウエダイ))にある。東棺、中央棺、西棺と三棺が埋葬されていた。東棺、西棺の被葬者は武人的性格が濃厚で、中央棺の被葬者は、甲冑と鏃(ヤジリ)が埋葬されていなかったところから、女性の可能性が大であるらしい。1945年に応急調査がなされ、1950年から1951年にかけて本格的な調査が実施された、とのこと。
 私が生まれたのは1948年である。少年時代(小学4年生頃まで)の私は、発掘調査後何も整備されずに放っておかれていたその小丘やその近くで、遊び仲間と共に、隠れ家を作ったり、探偵ごっこ等をして遊んだのだった。


8月3日(火) 晴後薄曇 帰宅時室温33℃
 30年ほど前、パリの語学学校で使用した教科書(2)の一部を、当時交換教授をしていた人がカセットに吹き込んでくれていたのを聴く。耳だけでは全く理解できない。当時でさえ難しかったのに、と思うと当然のことなのだが…、教科書(1)の復習は大分進んでいる、そろそろ(2)へという思いもあり聴いてみたのである。気づかないうちに眠気に襲われたようで、30分くらいだったろうか、気がつくとテープは廻り終わっていた。

 出かけに、郵便物が入っていて、国民健康保険料還付に関するものであった。先月にも知らせがあって、還付を受けるため北区役所へ出かけた筈なのに…と思い、印鑑が必要なので、確認のため部屋に戻る。32℃くらいの部屋でゴタゴタしているだけで、額からは玉のような汗がポタポタと落ちてくる。
 先月の還付の知らせは6月19日に処理した内容だったので、6月30日に保険料が振り込まれたので、今回のはその金額分の還付なのだと言う。振り込み停止の手続きは役所の方でしたのだから、6月30日に振り込まれるのが判っていたのであれば、還付の通知は今日の1回で済んだのに…、等の思いは抑えたものの、あまり感じのいいものではなかった。

 同じ建物内にある図書館に入り読書。結局ここでも居眠りがして、1時間くらいうとうと状態であった。古事記や日本書紀の難しい漢字や言葉の引用が多い書物を読んでいると、睡眠不足の状態では特に強く、睡魔に襲われるようだ。その後、推理小説をしばらく読んで、図書館を出る。今日は普段と逆になった。大泉緑地を45分くらい歩いた後、帰路につく。


8月14日(土) 薄曇 終日外出せず、冷房をかけ、部屋で過ごす。
    【やはり、ウィルスなのか…】

 ここ1週間ほど前から、パソコンの動きが少しおかしくなってきている。2日前、ADSLに問題があるのでは…と思い、プロバイダーに問い合わせの電話をしたところ、インターネットイクスプローラーの一時ファイルを削除してみて下さいとのこと。
 そうか…、それは思いもしなかったこと、95や98のパソコンを使っていた頃は、意識的に自分で何回か削除したことがある。2004年にXPのパソコンを購入し、ADSL接続にしてからは6年間も故障なくきたのでスッカリ忘れてしまっていたのだ。 指示通り操作(動きが遅く少しイライラ…)をし、削除するや否や、期待通り動きは急激に軽くなり、以前と同じような感じに戻った。

 ところが翌朝、起動して、ウィンドーメディアプレイヤーを動かすと、動きが鈍い。私用で外出し、夜帰宅後、パソコンを再度起動し、メモ帳でHTMLファイルを開き、入力してみる……、文字変換に時間がかかりすぎる! しかし今日はこのくらいにして、明日何とか考えることにしよう…
 床についてはみたものの、…やっぱり、ウィルスにやられているのではないか…等の思いに捉われ、明日は先にバックアップをしないといけないな…等々、なかなか寝つけない。

 結局、起き上がり、深夜1時頃だったか、パソコンをネットに接続しない状態で起動し様子を見てみることに…。動きはよさそうだったので、ここ1~2年の間に新しいく作成したHTMLファイルやピクチャーファイル等のバックアップ作業に取りかかることにした。時間がかかり、終ったみると5時半。外が既に明るくなっていた。若い頃はこんなことはよくあったものだが、身体に配慮してすぐ寝ることに…。

 3時間くらいで目が覚めてしまったが、体調はそれ程悪くはなさそうだったので、すぐに起動しネットに接続する。動きは少し遅い。サーバーに再度ADSLに関する問い合せの電話を入れる。接続速度を確認する方法を教えられ、現在自分が使っているADSLのルーターの接続速度が表示されている画面を見ることができた。速度は決して遅くはないことの充分な説明を受け、納得了解する。
 と言うことは、問題は自分のパソコンにある。自分でやれることは、ディスクのクリーンアップやデフラグがありますよと教えられる。デフラグは非常に時間がかかることは知り合いから聞いたことがある。しかしこのような不安定な状態のときにしていいのかどうか…、製造元に訊いて、教えを請う方が良いのではないか…等とも思う。そして、それでもダメだった時は、やはりウィルスの仕業か!…?…

 バックアップという作業、それは……真夏の、暑い暑い夜の出来事……でありました。


8月16日(月) 晴 猛暑
   【ウィルスに感染していないと診断されたのではあるが…】

 昨日はお盆で実家に帰る。帰宅後、ネットに接続状態でパソコンを起動し、自分のパソコン内のHTMLファイルを呼び出し、文字入力を行なったが、その動きはやはり鈍かった。
 今日は受付時間の9時になるや、製造元の問い合せ窓口へ電話する。ユーザーIDの番号を押してください、の声。…はて、そんなのあったけ?。早速調べてみる。富士通AzbyClubのパスワードとユーザー登録番号が控えてあった。しかしこれは2000/10/18とあるから、98を購入した頃のものだ。XPを購入した時(2004年)に登録したのかどうか、6年も前のこと…、確か葉書を出したような気もするがはっきりとは思い出せない。それで、ユーザー登録の相談をしてみることに。…混んでいるらしく大分待たされたが、やっと通じる。電話番号から判るらしく、ユーザーID(これがユーザー登録番号と同じであることに後で気付く)を教えて貰う。その時、こちらの状況(ウィルスかな等)を少し説明すると、無料でオンラインスキャンをしてくれるサービスがあることを知らされる。

 早速検索して、"Trend Flex Security オンラインスキャン"というサイトで調べてもらうことに…。◎ウィルス ◎トロイの木馬/ワーム ◎スバイウェア ◎セキュリティホール の4項目にわたって調べている様子…。35分ほどかかったが、その殆どの時間をスバイウェアの検索に費やされていた。ウィルス等はすぐに終わり、ちょっとは安堵したものの、…スバイウェアって何だ?…、しかし、かなりドキドキしながらの35分…であった。結果は「お使いのコンピューターで、セキュリティ上の問題は見つかりませんでした。」と出て、一安心。
 因みに、気になっていたのでスバイウェアをネット上で調べてみると、誰かのサイト上に、「パソコン使用者が知らないうちに勝手にインターネットに情報を送信するソフトウェアのこと。」と説明されてあった。

 電話に対応してくれた人が言うには、今は相談件数1件につき2千円の有料になっているとか。6年間故障がなかったおかげというか…、サービスのやり方が変わったことを知らずじまいであったようだ。勿論、保証期限を過ぎたものに対してのことなのだろうが…。
 98を使っていた頃に、3回ウィルスに感染した。最初はワームで、これは自分で駆除することができた。
 2回目はお手上げで、相談すると、丁寧に対応してくれた。リカバリーするしかないと判断され、何しろ初めてのことだし、説明書を読みながら自分でやる自信はもうとう無かったので、電話から聞こえてくる操作方法に従って、内心ドキドキしながらやった記憶が甦ってくる。バックアップについてははっきりした記憶はないが、おそらく文書類は保存し、ピクチャ-ファイルは断念したのだと思う。
 3回目は、XPのパソコンを買う少し前の出来事だったと思う。このメールは何となくではあるが怪しいと感じ、削除しようと思いながらも、指が勝手に動き開いてしまった。おもわずアッ!と声が出で、かなり悔しい思いをした。
 その後の様子を見ることに…、案の定、翌日からすぐ動きがおかしくなっていった。その頃はピクチャーファイルの量が非常に増えていて、CDに保存できれば問題はないのだが、98ではその機能はない。色々考えた末、リカバリーはC領域だけなので、D領域に保存すべきファイルを移し、リカバリーを実行し、祈る思いで様子を見てみたが、駆除することは出来ていなかった。ピクチャーファイルもやはりフロッピーでやるしかないと覚悟し、50枚買ってきて、バックアップ作業に取りかかった。時間はかなりかかったし、廃棄したピクチャファイルも多くあった。そしてもう一度C領域のリカバリーを実行して、ようやくウィルスを駆除することが出来たのであった。

 ウィルスに感染していないことが判り、一応は一安心(?)ではあるのだが、夜、ネットに接続した状態でPCを起動すると、速度はそんなに遅いとは思わないのだが、その状態で、内部のHTMLファイの更新作業は極めて遅くなるし、またインターネットイクスプローラーをオフライン作業に切り換えても、事態は同じことであった。我慢して10分~15分作業を続けていくと、動きは徐々に良くなっていくようだが、そんな事をいちいちやっている訳にはいかないことは言うまでもない。今唯一言えることは、内部作業する時は、ネットに接続しないでPCを起動すること。今や以前のようにいかない。ネットに繋いだ状態での内部作業は遅くて出来ない状態になっている。この原因は解らない。ディスクのデフラグ等で解決するのかどうか……


8月20日(金) 晴 猛暑  【…あつくてあたまもわけももうろう…】
 一昨日の午前、デフラグを行なった。断片化された状態のファイルは赤で、連続したファイルは青で、空き領域は白で…、という風に視覚化されて表示された小画面が、断片化されたファイルは青の領域へ移動されたのであろう、2時間位で赤がなくなり、青と白、それに移動できないファイルの緑の帯域が少しある状態となった。これで状態がすぐに良くなるかどうか期待できないが、初めての経験でもあったので、興味深くみまもったのであった。
 デフラグ後すぐにネットに繋いでみたが、期待に反して、動きは鈍かった。その後2時間位して、正午頃であったか、いつものようにパソコンを起動、内部ソフトの様子を見てみたが、動きは悪い。Internet Explorer を起動したが、設定画面が表示されるのになんと7分もかかる…。それに他のサイトへ移るのにも非常に時間がかかった。30分位でPCをダウン。
 ところが夕方帰宅後すぐにPCを起動しネットに繋いでみると、動きは非常に軽く、以前と同じような感じで動いてくれ、大変気持ちがいい。その状態は寝る前にPCをダウンするまで続いた。直ったのではないか、という期待が膨らんできたのであった。

 翌日は大いなる期待のもとに、すぐにネットに繋いだが、ガックリ……何故なんだろう? 午前中に3回くらいネットに繋いでみたが、ことごとくその動きは悪く、ADSLのモデム(ルーターとも言うのか…)の電源リセットも試みた。夕刻帰宅後、何回もPCを起動してネットに繋いでみたが、動きはよくならなかった。そうだ!システムの復元をやってみては…と思いつき、復元ポイントを今年の6月7日に設定してやってみる。それで良くなるどころか、むしろ動きは悪くなったみたい…。やっぱりもとに戻そう、復元の取り消しを実行する。これも同じく20分くらいかかった。
 色々やってみたことで、判ったことがある。パソコンを起動する時、ADSLモデムに接続しないで行ない、内部のソフトを動かしてみると、なんら異常は見られない、ということだ。特に、Internet Explorer をパソコン内部で動かしている限り異常は見られない。リンクもスムーズに行なわれる。文字入力も問題はない。
 それが、パソコンにADSLのモデムから出ている線を接続し、ネットに繋ぐと、Internet Explorer の動きが鈍くなってしまうのだ?……。

 色々考えてみる。ウィルスに感染していないしことが判り、自分のパソコンに異常がないならば、ネットに接続してくれるADSLに問題がある可能性が高まる。そこで、先月(13日)届いたメールを読み直してみる。ADSLモデムのファームウェアのアップデート実施についてのメールだ。実施日時は7月22日~8月6日午前2時~午前6時の間、とある。モデムに電源が入っておれば、その期間にアップデートは実施されるのだろう、ということであまり気にはしていなかった。がしかし、ネット接続の動きが鈍くなったり、内部ファイルの文字入力が遅くなったり、と異常が起きるようになったのはこの8月になってからではないか…。そのファームウェアという奴のアップデートが正常に行なわれなかったのではないのか…。

 今朝、ADSLセットモデム交換窓口へ問い合せの電話を入れてみる。同時にパソコンをネットに接続する。意外にも、今日は動きは良い。この前と同じように、ADSLの接続速度等が表示されるサイトへと誘導される。FA11-W4、これは私がレンタルしているADSLのモデムの名前なのだそうだ。その横に表示されている番号を読んでみて下さいと、と。それでアップデートされたかどうかが判るらしい。この状態で、色々と検査ができるとのこと。しかし、この前もそうだったが、正常に動いている時に調べても意味がないのではないか、今日は昨日のことを思うと不思議なくらいスムーズに動いているので、動きおかしくなった時に、また電話します、ということで様子を見ることにした。
 今日は一日中、異常はない。光ケーブルに替えるのにあと1ヶ月と少し、何とかこの調子でいってくれればいいのだが……。


8月22日(日) 晴 猛暑  【…猛暑の弱まるのを願うばかり…】
 昨日は久し振りの仕事、中学生という未来への可能性を秘めた瑞々しい生命と接していると、こちらにもその波動が伝わってきて、有り難い刺激を受けることができる…。終わって帰る途中で夕食。ささやかながらもその充実感を味わいながら、冷たいビールを喉に流し込んだ。

 帰宅後すぐにパソコンをネットに接続する。動きがおかしい! そうだ!動きがこのようにおかしい時にこそ診て貰うべきだ。そう思い、すぐにADSLセットモデム交換窓口に電話する。接続速度は調子の良かった前回は下り方向 2336 kbps 、調子の悪い今回は約 1900 kbps であった。モデムのアップデートも正常に行なわれている、とのこと。また接続速度は前回より遅くなっているが、この速度でフリーズ的なギコチナイ動きにはならない、とも言う。専門家にそう言われれば信じるしかないし、また私も納得してしまう。やはりパソコンの何処かがおかしくなっているのだろうと思う。
 また先日、Windows XP Service Pack 3 (1時間位かかって…)をインストールしました、と言うと、実はあれには問題があって、2年程前に配信されたのですが、当時不具合が生じるパソコンが多くあったようですよ、すぐにパッチファイルが送られてきましたが…とのこと。初耳であった。
 後で更新履歴を調べてみると、サービスパック3は8月12日にインストールされていて、その2日後に12のパッチファイルが送られてきている。その中に、「Windows XP 用 Internet Explorer 7 の累積的セキュリティ更新プログラム」というファイルもある。だからそのインストールによる問題は私のパソコンでは起らなかった可能性は大と考えられる。それにおかしな動きが出てきたのは8月に入ってすぐのことだからでもある。

 どのように考えればいいのですかね、という私の問いに応対してくれた担当の方も考えてくれているようであった。再起動してみてくれますか、という言葉が返ってきた。
 ADSLのモデムからの線を外して、PCを起動し、内部ファイルの更新作業を行なった後にADSLのモデムを通じてネットに接続した。一昨日も同じ手順で行なって調子が良かったのだが今日は違った。担当者はそのような手順ではパソコンが設定(ADSLのモデムとの間における…だろうか…)を忘れてしまうこともありますので、あまりそういうことはしない方がいいと思います…と言っている。
 再起動か…、この6年間私のパソコンは調子が良かったので、想いもしなかった示唆であるなあ…と思った。実行してみると、なんと!、動きは通常に戻ったのであった。

 猛暑も遅々として弱まらないし、私の頭の中も整理されないし、朦朧(もうろう)としている。
 しかし、対処方法の一つが得られた。相談の電話を入れて、本当に良かったと思っている。そして、この文章を書いている今(午前8時半頃)、パソコンの調子は良い。何時まで続くのか……。当分、様子を見ることにするしかない…ということだろう。


8月23日(月) 晴 猛暑
  【私のパソコンへ、6年間ご苦労様でした、と言うべきか…】

 昨日は終日パソコンの調子は良かった。しかし、夜、内部のHTMLファイルをインターネットイクスプローラーで起動し、更新作業を行なった後、終了する時に異変があった。おかしくなったかな?と思いながら、ネットに接続すると、やはり動きが急激に鈍くなっていた。それで、再起動をかける、が改善されない。もう一度再起動をかけようとしたが、間違って終了をクリック、終了後、すぐにスイッチON。ネットに接続すると、今度はスムーズな動き!に戻った。

 今日も動きは良い。ディスクのクリーンアップについて訊いてみたいこともあって、製造元の富士通のお問合せ窓口に電話する。有料かな?と思い尋ねてみると、前回の問い合せ(8月16日に電話)から2週間以内なので、無料となります、と言う。前回に担当してくれた(ネット上でのウィルス無料オンラインスキャンを教えてくれた)人が有り難いことに無料扱いとしてくれていたらしい。
 1時間後に、専門の担当の人から電話がかかってきて、親切な対応を受ける。
①:起動し、富士通画面が出たところでF8を押す(セーフモードで起動)。メモ帳を起動して文字入力の検査。正常。
②:ファイル名を指定して実行から、複数のファイル(何処にあるファイルかは憶えていない)を削除し、動きを調べ、おかしなファイルを突き止めている様子。その突き止めたファイルを削除し、その他の削除したファイルはまた元に戻した。ネットに接続して状態を調べる。ネット上での動きは正常。
 その削除された怪しいファイルとは、ゴミ箱を見てみると:"Data Store"というフォルダにあった、"Logs(520KB)" というフォルダと "DataStore.edb(152,584KB)" というファイルであった。
 如何して怪しいファイルが判ったのか…等という質問はしなかったが、最後にこれで完全だとは断言できませんが…らしき言葉が聞こえてきた時は、ディスクのクリーンアップについて丁寧に説明してくれたこともあって、私の心は大いに満足していた。XPのパソコンは故障なく6年も使ってきた。もう買い換えてもいい頃かな…という気持ちも起きつつある。

 夕方帰宅後、パソコンを起動し、内部ファイルの更新作業に取りかかると、文字入力を速く行なえない。おかしいと思いながらもその作業を終え、ネットに接続すると、急激に動きは遅くなっていた。
 すぐに富士通の問合せ窓口へ電話する。朝と同じように、約1時間後に専門の担当の人から電話がかかってきた。リカバリーするしかないですよ、と言われる。ガーン! やはり、駄目か…。電話を待っている時、「仮想メモリ最小値が低すぎます」というのが出ました、これで3度目ですと伝え、色々話しているうちに、私が勘違いしていたことに思い至った。仮想メモリについてのメッセージが出ると、自動的にパソコンが仮想メモリの設定を行なってくれているものとばかり思い込んでいたのだ。1回目の「仮想メモリページのファイルのサイズを増やす(?)」というメッセージが出た時は、その後すぐに動きが良くなったものだから、そう信じ込んでいたようだ。しかし、そうではなく、自分で仮想メモリの設定変更をしないといけない、とのこと。早速、指示に従って数値を変更する。これは教えて貰わなければ、自分ではできないことだ。

 その後、その担当の人は、色々と喋る私の愚痴(?)を聞いてくれ、今回の不具合な動きについては7月頃からXPのパソコン所有者に起こっているとか。マイクロソフトが修復ファイルを送ってくるが、そのファイルと各自のパソコン内部のどれかのファイルとの間で生じているらしい衝突が原因だという。朝の担当の人もこれまでの対応経験から、あのような処置を指示してくれたのであろう。ゴミ箱に入っている今朝削除したファイルを元に戻そうかと思いましたよと言って、「そんなことをすれば益々おかしくなる可能性がありますよ」と返ってきた時は、単なる素人の思いつきに恥じ入るばかりであった。
 また、ネット接続を光ファイバーにした場合、XPでは色々と不具合が発生していることや、Window7の機能についての話をしてくれ、私には非常に良い刺激となった。瞬く間に1時間半が経って、対応終了時の21時になってしまった。最近は他人と、このように長時間話しをしたことがなかった、という意味でも貴重な時間であったように思う。
 ネットに接続すると、動きは正常に戻っていた。多謝。


 9月 

9月1日(水) 晴 猛暑  【16cmのゴーヤとWindows7】
 8月も終わり9月に入ったが、依然として暑さが緩む気配は感じられない。大泉緑地でツクツクボーシの鳴き声を聞いたのも一度きりだ。しかし、本当にそうだったのか…という思いも湧き起こってくるくらい秋はまだまだ先のようだ。異常気象の影響を、特に今年は、肌身に強く差し込まれるように実感する毎日である。まだまだ当分は続くのだろう…か。

 そのような日々の中で私の関心を釘付けにしてきたものがある。ベランダで唯一実を膨らませ始めたゴーヤだ。今年は花の蜜を吸いにくる虫の姿もあまり見かけなかった。受粉しなければ実は大きくならないだろうから、受粉に成功したたった一つの証し、ということなのだろうか……。黄ばみが微かに見え始めたので、今朝収穫した。16cmくらいの大きさだ。よくここまで育ってくれたものである。

 今年は植えるつもりはなかった。ゴーヤに替えて朝顔の種をまいた。その朝顔も芽が二つしか出ず、その発芽後数日して変な形の芽だ出てきたのだった。昨年に育てたゴーヤの種が落ちて、プランターの土の中に残っていたのだろうと想われた。朝顔は花を咲かせることは全くなく、ゴーヤはといえば、小さな黄色い花は咲かせるが、受粉したであろうと想われるものも膨らむことはなく、(これは受粉しなかったから?…)スッカリ諦めていた頃に、一つだけが徐々に膨らみ始めたものだから、私の関心を大いに惹きつけたのであった。

 この健気に育つゴーヤが私の関心をひとり占めにしようと思って(?)、頑張って成長いる時に、私はパソコンのインターネット上での異常な動きの原因究明に躍起となっていた、ということになる。いろいろ専門の人の教えを受けやってはみたが、調子が良かったり、急に悪くなったり…、で安定しない。これからもWindowsXPのパソコンを使い続けるのであれば、やはりリカバリーを実行するしかないだろうなあ、という思いでいる。バックアップは終了済みだから問題はないのだが、折角時間をかけて入れてある、音楽CDや吉本さんの講演CD等が消えてしまうのが惜しい。このパソコンはネット接続でない場合は何等異常は発生していないし…。
 量販店を通して購入すると使いもしない色んなソフトが入っているが、製造元に直接申し込めば、必要なソフトだけを入れたパソコンが比較的安い値段で買えることを聞いた。そこで、決断! Windows7のノート型パソコンを新しく購入することにした。2週間以内に送ってくるだろう…。







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