【上梓 2014.11.10】

両国夫婦花火
 江戸へ出てみよう まぶやでさえも
 粋な小雪が 花と降る
 まして青葉の 不如帰
 みな川面に 夏が来りゃ
 八百八町 お江戸の空は
 玉屋鍵屋の 花が咲く

江戸っ子の 夏の人気を一手に引き受けたのは 隅田川の川開き その川開きを明日に控えて ここ両国は横山町 花火問屋鍵屋の店先に おりからの雨にぐっしょり  濡れ鼠(ネズミ)になって 飛び込んでまいりました ほおっかぶりの男

ご免よ もし ?おさ?と申しやす

へい、いらっしゃい お客さん 御承知の通り 明日は両国の川開き 店中はこの通り取り込んでおりやして 誠に申し訳しだいございやせん 番頭でございます  どうど御用件を

へえ、おばちあ??ねでごぜえやすが この川開きに 手前の作りました花火 是非とも この鍵屋さんから打ち上げて頂きたく お願(ネ)げえに

おぉ こう言っちゃなんだが おめえさん 川開きの花火についちゃ あんまり御存知でねえようだ 川開きの花火と言やぁ きょうごうの昔からずっと続いている  江戸年中行事随一の呼び物 将軍様の御膝元で 千代田の城の大奥まで御覧に入れようという大花火だ ふじおかの祭花火と ちっとは訳が違いやすで  お奉行所の許しを頂いて 川上はこの鍵屋 川下は玉屋の受け持ち ちゃーんと打ち上げる 持ち場まで決まっているんだ 川開きに 他人さんの花火を買い取 って打ち上げるほど 鍵屋の暖簾 傾いちゃおりやせんで

いえ 買ってくれと お願いしているんじゃないんで 何百何千と打ち上げる あの花火の中にゃ 地上の ?花井筒の中で 爆(ハ)ぜるのもありゃ 天に上って来た開かねえ  死に玉もある そうしたぁ 打ち損じの花火の穴埋めに 若し出来ましたら 私の物を せめて一発

おっと お前(メエ)さんいってえここを何処だと思っていなさる 江戸一番の花火問屋 鍵屋の店先だ 不発玉やくすわれ玉は はん ケチを付けられて黙っちゃ おらねえ それにまた黙っていりゃ おめえさん 濡れ野鼠のほぉかぶり 他所(ヨソ)の暖簾をくぐる時ゃその頬被りは 取って頂きやしょう

成程 そいつぁ ご最もで へえ それじゃ早速 取らせていただきやすが 番頭さん お目障りはどうか 御勘弁下せえ

 静かに取った頬被り眺めて番頭驚いた
 男の眉の辺りから鼻筋かけて口元まで
 無残についた火傷の跡 二目と見られぬ 凄い顔
 これが普通の商人なら はっとのけどる ところだが
 日毎(ヒゴト)潮風日の雨に 鍛え抜かれた鍵屋の番頭
 にっこり 笑って 居住まい正し

うぇ そいつぁ御見それをいたしやした へぇ 御在所ではさぞ 名の通った花火師と お見受けをいたしやした へぇ まぁ 打ち上げる打ち上げねぇは別として  ひとまず お前(メエ)さんのお作りなったその花火ってえの 見せて頂きやしょ

有り難う御座いますと 男が引き込んできた大八車 花火なかもちの蓋を取って眺めた番頭が二度びっくり 箱一杯にでんと納まっていたのは ただ一発  とまね菊と書いた 二尺玉の大花火

こいつぁ黄金(オウゴン)だ お前(メエ)さん これだけの苦心と二尺玉を 銭もいらねぇ 何(ナン)もいらねぇ ただ鍵屋の名前で打ち上げてくれと仰るんでござんすか

宜しくお願いします 若し 二尺玉の打ち上げ手がないなら 何なら 私が

お前(メエ)さんが そうかぇ よし 決めた 明日(アシタ)の川開きにこの二尺玉 おぉ たしかに お前(メエ)さんに任せようぜ

番頭が 手を締めようとした時に

おっと番頭さん そいつぁ ならねえよ

おぉ こいつぁ 旦那

お客さん お話は残らずうかがいやした わっしゃ主の善兵衛だが 例え二尺が三尺玉でも お前(メエ)さんのこの花火を打ち上げる訳にはいかねぇ  憚りながらこの鍵屋 東照権現様御入国のみぎり 三河より付き従ったを家柄でござんして どんな理由があろうとも 川開きに お他人さんのお手にかかった花火  江戸の空に打ち上げたとなっちゃ ご先祖に申し訳がたたねぇ お前(メエ)さんも若(ワケ)いに似合ぬいい腕だ 何処へ行っても 楽に暮らしていける筈  今日は黙って お引き取り頂きやしょ

ちょいと ちょいと待っておくんなさい

お由 店のことに口出しはならねぇ

お父(トッツ)あん お父(トッツ)あんは 我が子の顔をお見忘れでござんすか いいえ 声までお忘れでござんすか しっかりしておくんなさいよう  姿形は変わってるけど ?あんぐれと肥えた人 三年前に家を出た 内の 豊三郎さんでござんすぞえ お父(トッツ)あんにとっても たった一人の倅だが  この お由にとっても もう 待ちに待った かけがえのない亭主でござんす お父(トッツ)あん 気を落ち着けて 眼を据えて あの人の顔さもういっぺん  見直してやっておくんなさいな

勘弁しよう 例え汚れた古合わせ 頬被りのその下に 花火の火傷の顔かたち 話し声まで変えちゃいても 血肉を分けた実の倅だ どうして親が 見忘れよう

 幼い時に母親を 病で失いそれからは
 無骨な わしの 男手ひとつ

育て上げた跡取り息子だ さっき入(ヘエ)って来た時から ちゃーんと 判っていたけれど

 抱いてやりたい 親心 親の甘さを堪(コラ)えたも
 忘れちゃなならない 浮世の義理

あいつぁ 鍵屋の跡取り息子だぁ 跡をとる身がだだをこね あの娘(コ)でなくちゃ生涯(ショウゲエ)嫁はいらねえ 見込んだ相手が なんとこともあろうに  玉屋の箱入り娘 お由 おめえだ 花火問屋で 互(タゲエ)に日本一を争う商売(ショウベエ)敵 玉屋の娘を どう間違っても 鍵屋の嫁に何だぁくれる訳はねえ  そうは思ったが 俺あ 倅可愛い一念で 面の皮千枚張りにして玉屋へ掛け合った 玉屋の旦那は にっこり笑って

鍵屋さん 内のお由と豊坊―たぁ 幼馴染だ 年頃になってからは 互(タゲエ)に惚れあってることも ちゃーんと 親の眼には 見通しだ 商売(ショウベエ)と  子供の色恋は別の話だ 不束者(フツツカモノ)だが たーんと 貰ってやってくれ おんなじ両国で 暖簾を競う 玉屋と鍵屋が縁続きになりゃ 今日まで  きでん こでんでかくされてきたこの江戸花火 ここでもう一段 盛り上がるに違いねえ

とまあ涙の出るような太っ腹 流石に反対(ハンテー)の多かった店の衆を説き伏せて 人も羨(ウラヤ)む で 花祝言 ありがてぇ ありがてぇと喜んだのも束の間  そうしてしばたく経つと 根が苦労知らずの豊三郎 亭主にゃ可愛い 舅にゃ優しい そんな立派な若嫁がありながら 今度あ 羽織芸者に現(ウツツ)を抜かして  放蕩三昧(メェ) 堪(タマ)りかねて意見をしたら 何もかも振り捨てて 自分から 家を飛び出して行きやがったぁ 金の切れ目が縁の切れ目  その芸者にも三月余りで追い出され それから先は行方知れず 三年というものはなあ 親もとへも 便り一つ無かったんだ いいか こんな面倒なことが起こっ てもなあ 玉屋と鍵屋の二つの老舗 何のもめ事も起こらず 立派に 川開きのお役にたってこれたなぁ 他じゃねえぞお由 愚痴一つこぼさねえ  おめえのけなげな働き いま一つには おめえの実家の 玉屋の旦那の これまた 色にもださねぇ 暖(アッタ)けえ 思いやりがあったりゃこそだ  それを知ってか知らいでか 何処でどうして作りあげてきたのか知らねえが こんな 二尺玉持ちこんできて 川開きに打ち上げておくんなせー等とけえってきても  めったに許すわけにはいかねえ けえってくるなら 仲人を先にたて 女たあ切れました この通り立派に修行をつんでめえりやしたと 羽織袴でけえってこい  そうしなけりゃ 玉屋の旦那に 俺の男が 立たねえんだ

おとっつあーん

いやぁ そうじゃねえ 鍵屋の旦那 こいつはじゅうじゅう 自分の考えが 甘もうござんした もういっぺんしっかり 修行をして 出直してめえりやす  冬は寒い ?そどもがち 旦那 お身体にはくれぐれも お気を付け下せえ へえ そいじゃこれで ご免なすって

お前さん ちょっと待っておくれよ 誰か 誰か止めておくれよ お前さん お前さん

明くれば五月の二十八日 江戸中が待ち望んだ両国の川開き 昨日(キノウ)の雨は嘘のよう からっと 晴れた 江戸の空

 ????隅田の川の 今日はめでたい川開き ?宵の内から見に来い来いと
 ドンと鳴るのは 煙り玉 江戸の町々つちうらまでも 空の煙が???めて
 土手に 並んだ屋台にて ?すだれきょうきん かやぎを入れて
 川もゆきこう 屋形舟 窓開け放つ?くしの家 ?屋根の喉越しゃ桟敷席??
 普段は 閉じる町木戸も この世ばかりは八の字開(ヒラ)き 押すな 押すなの 人の群れ

 待てば 打ち出す 江戸花火 ?咲いた 花火の ?へ筒に
 火をけん?くすぐは 花火師の 一声 かけた正念場 かみぎのって?
 シュシュシュシュー ?の ?????ひいて 打ちあがりゆく 一番花火
 ズドンと空の真ん真ん中で 見事に開く しだれ菊
 中に 咲いて咲き拡がって パッと消えゆく 空の闇

かーぎや はっ

 ついて川のしもべから 負けじと玉屋が打ち上げる 自慢の流星初恋花火
 ズドンー 龍の空と空気が?たぎて 雲に消えゆく面白さ

まってやした― たーまやー

 息もーつがせず川上と下手に 分かれて打ち上げる 腕が 命の玉屋と鍵屋
 男意気地の火花が競う 次々 上がる打ち上げ花火
 ウィスキ 白菊 しだれ菊 星に?しらいと流れ星 空を 彩る続け打ち
 打ち上げ 花火の合間には仕掛け 花火にゆく花火
 トントン囲んで 江戸中が うっとり 見惚(ミト)れる空の上

花火もいよいよ終りに近く 仕掛け花火の富士山が 大川の流れに消えた時 ははー 腹に堪(コタ)える 筒の音 空を揺るがし夜空をかいて  天(アマ)駆け上るは 二尺玉の 大花火

 がばっと 開けば金色(コンジキ)の ??くも咲きつつ??なお咲き誇り
 まるで夜空を押し詰めて 天に 輝く美しさ 息も忘れて見惚れる上で
 金の花びらゆっくり伸びて 変わる形は紅牡丹 あれ金色に また赤に
 色変わりゆく 素晴らしさ

あーいやー 日本一

けし?を揺るがす大歓声 しかし 鍵屋の?打ち上げ場では ???? きりりと捨てた 肌着装束 鍵屋の主人善兵衛

やいやい そこの 二尺術の陰にいる奴 隠れてねえで前へ出てこい 誰に断わって鍵屋の法被を着やがった あれほど言って聞かせたのに  まだ根性が直らねえか 法被をけえせ 裏を 見せろ

無理やり?引き付?けて法被を取れば 夜目にも白い 女の柔肌

おお おめえは お由

おとっつあん 勘弁してやっておくんなさい 勘弁してやっておくんなさい おとっつあん 女は入れぬ打ち上げ場とは 百も承知のその上で 命を懸けて  死ぬのを覚悟 内の人が作った二尺玉 形だけは ?ついたった今 江戸の空へ 江戸の空に 打ち上げました

よく打ち上げてやってくれた 怪我はねえか 火傷はしなかったか 今日一番の 今日一番の 見事な花火だったんで 口に出しちゃ言えなかったが  あの持ち込んできた二尺玉見た時 いやあ そうじゃねえ あの酷(ムゴ)い 火傷の痕(アト)を見た時に 何処で どんな苦労して作り上げたか二尺玉かと  おらあ 甘めえようだが 腹の中じゃ 何としてでも打ち上げてやりてえ 江戸の夜空に やーっと咲かせてやりてえと思った 今の見事な黄金菊  あの花火の出来ばえを見て 豊三郎もさぞ 満足して 江戸を離れてゆくだろう お由 もう二、三年の辛抱だぞ なあ この豊三郎が 一人めえの花火師になって  この打ち上げ場へ 姿を現わす日まで おめえもまだまだ苦労だが この通りだ この通りだ 待ってやっていてーおくれよう

おっと鍵屋さん ただ心配(シンペー)は取り越し苦労 豊三郎さんがあんな見事な花火を 土産にけえってきた娘婿だ あーもったいねえ もったいねえ 何ぞ  文句がつけられましょう ましてお由がもう 命がけで惚れ込んだ男だ 差し出がましいようだが 豊三郎さんもこうして ここへ お連れした 鍵屋さん  黙って 二人を 元の鞘に 治めてやってぇーおくんなせえ

 親はわが子を 子は親を 夫婦(フウフ)は熱い心と心を
 通い合わせて見上げる空に ドンと上がるよ 打ち止め花火
 江戸は両国 川開き めでた めでたの 夜の空



【 == You Tube にアップされている浪曲「両国夫婦花火」より台本起こしました == 】
【 == NHK懸賞募集浪曲台本入選作 榊原しづ子作 == 】